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■ ■■ ■ HIRUMAS HEADLINE WEEKLY
■■■■■■ 週刊ひるますヘッドライン
■ ■■ ■               第16号 99.10.9-99.10.22
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 ひるますヘッドラインは、ひるますHP冒頭のコラムを一週間分まとめたもの
 です。HP更新情報、マンガ製作日誌、人文系書籍の情報、身辺雑記などです。
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■今週の主な内容
大江健三郎と生き方のモード/オートポイエーシスと現象学、ふたたび「ひきこ
もり系×じぶん探し系/『CUBE』/『「銀河鉄道の夜」とは何か』/『吉本
隆明―思想の普遍性とは何か』/『メンタルヘルスの社会学』/たそがれの国

■99.10.9-14
体調不良と仕事が忙しいのとで、更新が息たえだえになってましたが、皆様お元
気でしょうか。今週(16日分)はついにヘッドライン(メルマガ)もお休みし
てしまい、失礼しました。

■99.10.15
というわけで、本を探す気力もないので、人から借りて読んでますが、これがま
たイイ本が多くて、おかげさまでゆっくり休むこともできず、たいへん感謝して
おります(笑)。特に大江健三郎の講演集『人生の習慣』(岩波書店)が、ちょ
うど今考えてることにタイムリーで面白かった。これについて書いたら長くなっ
ちゃいましたので、ウェブマガジンの方に掲載してます。本についての話(感想
)というよりは、それをキッカケにして最近話題にしてる「超越的な視点」とか
「生き方のモード」ってことについて書いてます。こちらをご覧下さい(いちお
うウェブマガジンのVol.30は、これで打ち止めです)。
『人生の習慣』と生き方のモードについて
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas31.html#1018

■99.10.16
これは貰った本なんだけど、『現代思想』99年4月号「特集 内部観測とオー
トポイエーシス」っての。この中にオートポイエーシスの創案者の一人であるヴ
ァレラさんへのインタビューが載ってて(もう一人の創案者はマトゥラーナさん
)、このインタビューがズバリ「オートポイエーシスと現象学」ってもので、こ
の前書いた「現象学とオートポイエーシスは同じ」(超おおざっぱー)が、なん
と創案者から支持された!ってことになるわけでワシもうれしい(笑)。ちなみ
にヴァレラさんは「オートポイエーシスから現象学にはある種の自然な連続性が
存在するように思われますが、それはこうした自己構成、自己運動の面において
なのです。…」と言ってます。まーさすが『現代思想』だけあって、専門的なコ
トバづかいはまったく理解できませんが、オレ的にはこーゆう理解で充分って感
じ。言質はとったぜっていうか。

それよりこのインタビューでは、ヴァレラさんが「オートポイエーシス」の共同
創案者であるマトゥラーナさんについて語ってるところが面白かった。自分たち
二人の考え方の違いについて分析してるんですけど、どーいうことかというと、
マトゥラーナは「体系的な思想家」で、ヴァレラさん自身は「局所的な事態」に
こだわり、それを記述することにこそ情熱的になるというんですね。マトゥラー
ナは、「自分は動かず」体系をつくりだし、それに全事象を従わせることに懸命
になるけど、ヴァレラさんにとってはそれは「思考の死」でもある。それくらい
ぜんぜん違うタイプなんです。もちろんオレはどちらかといえば「不動の思考者
」タイプで、マトゥラーナさんに近い。

これ、ちょっと以前に紹介した斎藤環さんの「ひきこもり系×じぶん探し系」で
いえば、ヴァレラが「じぶん探し系」、マトゥラーナが「ひきこもり系」ですね
(奇しくも斎藤さんの著書『文脈病』の副題が「ラカン・ベイトソン・マトゥラ
ーナ」でした…ってことは斎藤さんも「ひきこもり系」?)。この斎藤さんの文
章にこれからは「ある特定の個人が作品を創り出す」ということにさして意味が
なくなってくるだろう…という予想が書かれていたことは前に紹介したけど(ヘ
ッドライン10号の9月3日の項)、個人がすぐさま消えてしまうというのでは
なくて、これからは「じぶん探し系×ひきこもり系」の複数の人間によるコラボ
レーションから重要なものが生まれるのではないか?…ということも書かれてい
た。その例として斎藤さんはドゥールズとガダリをあげていたけど(ドゥールズ
がひきこもり系哲学者で、ガダリがじぶん探し系精神科医)、このオートポイエ
ーシス・コンビもまさにそういうことなんだろーねぇ。とするとすぐにミーハー
にも思ってしまうのは、オレも「じぶん探し系」の相方がほしいなぁ…というこ
とだ。でも考えてみれば、オレってすでに今までが、そういう人をもとめて生き
てきたって感じもする…。
参考)「ひきこもり系×じぶん探し系」
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/HEAD/head5.html
参考)ヘッドライン10号
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/HEAD/head10.html

■99.10.17
ワウワウで『CUBE』見ました。例の巨大なルービックキューブで出来たトラ
ップからいかにして脱出するか?って映画です。途中で「システムを影で操って
る奴なんかはいなくて、ただみんなが目の前にあることをその都度その都度やっ
てるだけ」って話が出てきて、まさにシステム論!でした。ようするに局所しか
ないってハナシ。ただこのルービックキューブのトラップに関して言えば、それ
を「設計した」人はいるわけで、その「意図」を解読することで脱出への道が開
けるわけです。しかしこの解読の過程、数学がわからないオレにはまったく理解
できなかったです。というか理解できなくても「サスペンス感」みたいなノリで
理解して貰えばいいというのが、制作者側の「意図」なんでしょうが。ようする
に数学音痴のくせに、妙に数学には興味を引かれてしまうというオレがいけない
んでしょう。なんかもう、ものすごく不満です。これは『リング〜最終章』の例
の「4分の1」を解いたときの感想とまったく同じ。
参考)4分の1の謎
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas26.html#0225

■99.10.18
図書館で村瀬学さん(しつこいが『13歳論』の著者)の『「銀河鉄道の夜」と
は何か』(大和書房)ってのを借りたら、これがなんとまた例の「超越的な視点
」は存在しない…ってハナシじゃーないですか。もーここまで続くとキモチ悪い
というか、またぞろオレって超能力者?っていうか、「シンクロニシティウォッ
チング」(リンクページ参照)に投稿しよう!っていうか(そういえば最近みて
ない…)。それはともかく、この宮沢賢治論はいままでに読んだこともないよう
な見方がズラリと並んでいて、画期的に面白い。

それにしても賢治といえば、ある特定宗派の宗教者であるということは別にして
やはりなんらかの「超越的な観点」から「精神世界」を語る人、という印象があ
ったけど、村瀬さんによれば、そうではなく、むしろそのような「超越的観点」
を排除しつつ、しかし「高い」生き方を希求する人であり、その模索としての生
き方を描いた人、ということになる(まさに「生き方のモード」ですねー)。こ
ういう村瀬さんの解釈はあまりに意外、しかもウレシイ。村瀬さんの読みは「少
年」というところにポイントを置いてるけど、これはもっと普遍的なものとして
読めるし、実際、自分のことに引きつけて考えさせられる。つまり賢治は現在に
おいてもっともヴィヴィッドなテーマをもった作家でありつづけているってこと
です。ぜひご覧下さい。といってもこの本、例によってだいぶ以前の本で、前に
調べたときは品切れだったから本屋では見つからないかも。近所の図書館で取り
寄せてもらってください。

追記:村瀬さんの「解読」は、そもそもそういう「アイデア」に導かれつつも、
決して強引にそのように読み替えていくというものではなく、あくまでテキスト
に描かれていることを読みとっていくという手法につらぬかれていて、まるで一
種の推理小説みたいに面白い。このタイトルには村瀬さんのこだわりもあるよー
なのだけど、オレとしては「謎解き銀河鉄道の夜」のほうがしっくりくる。『謎
解き罪と罰』『謎解き大菩薩峠』に並ぶ、ホントの意味での「謎の解明を果たし
た」著作、しかも「テキストそのものに即してそれを成し遂げた」ってことです
けど…(『〜大菩薩峠』についてはウェブマガジンのバックナンバーに紹介があ
ります)。ちなみにウェブマガジン31号のタイトル「ニッポンのチベットのモ
ーツァルト」は、実ハ宮沢賢治のことでした…。宮沢賢治の伝記・評伝を書いて
タイトルにコレを使いたいって人は、中沢新一氏にではなく、私にお申し出下さ
い(笑)。

■99.10.20
またちょっと忙しくて更新がとまってましたが、電車移動の合間に、小浜さんの
『吉本隆明―思想の普遍性とは何か』(筑摩書房)を読んでたんだけど(先週、
図書館で借りてあったのです…)、けっこう引き込まれてあっという間に読んじ
ゃいました。

ちょこちょこ吉本氏についてはコメントしてましたが、やっぱり私は「ギリギリ
吉本を読んでた世代」なんでしょうか、けっこう気を引かれるんですよね。この
本では『共同幻想論』を特に徹底的に「読み込んで」ますけど、私なんかこの『
共同幻想論』、一回読んだだけで「この人自分でもわかってないで書いてんじゃ
ない?」(それくらいワケ分かんない書き方をしてる)と思ったきりほっといた
けど、小浜さんはリクツになってないところはなってない、とキチンと批判して
ます。この本はよーするに吉本の「共同幻想―対幻想―自己幻想」という概念が
わかればいい、少なくとも人との間ではそれで話は通じる、というのが、当時の
僕らの理解だったけど、それじゃーダメなんですよね…。『資本論』読んでない
マルクス主義者っていうか。

それはともかく、そういうちゃんとした読みによって小浜さんはこの「共同幻想
―対幻想―自己幻想」という枠組みそのものにも根源的な批判をしています。こ
こはいずれ紹介したいとこですが、これに批判的に提出される「家族」をめぐる
小浜さんの理論はきわめて興味深いものがあります。また『言語美』についての
批判はむしろ小浜さんの『無意識はどこにあるか』とのつながりで面白い。そう
いった吉本思想の継承と同時に吉本のダメなとこ(社会性への否定感情)への徹
底的な批判があり、トータルに吉本思想を総括しようとした試みには、ホント「
お疲れさまでした」という感じ。

■99.10.21
またもや「学会誌」の表紙デザインをしました(学会というとみんなすぐ「創価
学会?」と聞くのでこまるけど(笑)、一般的な学問の会員制団体ってやつです
)。今回のは「日本精神保健社会学会」というところの年報ですが、『メンタル
ヘルスの社会学』という立派なタイトルもついてます。カウンセラー関係の学会
という感じですけど、「社会」というキーワードが入っているところがいいでし
ょう。単に「心の問題」というだけじゃなくて、それをどう社会と結びつけてい
くかってことにつながるわけで、期待できるわけです。今回は「選択的共同体を
めぐって」という特集テーマで、同性愛者、エイズ感染者などの自助的コミュニ
ティについての研究が報告されています。興味のある方は、とりあえず私宛、お
問い合わせください。
追記:表紙の画像は「以前の走り書き」に掲載してます。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/previous.html

■99.10.22
10月はたそがれの国といいますが?、ホント、しみじみ一年って早いな〜、と
感じる季節ですよね。今年は何やってたんだろ、なーんて早くも反省しまいます
が、考えてみると、去年のいまごろは『オムレット』のネーム(セリフ)をまだ
練っていて、下書きもしてなかったんじゃないだろうか。それでも年末には入稿
していたから、それから考えれば、これからでもまだまだ充分、「ひとしごと」
出来るゼ!と思うべきなのでしょうね。ってわけで、ガンバロー、オー!

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■お知らせ
『オムレット〜心のカガクを探検する』(心の科学研究会G.N.C./ひるます著)
は「心とは何か?」をテーマにした「思考する」マンガです。オムレットの詳し
い内容はこちらに掲載しております。ぜひご覧ください。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html

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