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■ ■■ ■ HIRUMAS HEADLINE WEEKLY
■■■■■■ 週刊ひるますヘッドライン
■ ■■ ■               第21号 99.11.22-99.11.28
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 ひるますヘッドラインは、ひるますHP冒頭のコラムを一週間分まとめたもの
 です。HP更新情報、マンガ製作日誌、人文系書籍の情報、身辺雑記などです。
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■今週の主な内容
『ミッシェル・フーコー』/手塚真の『白痴』/喜源治とアイヌの結婚観/松原
隆一郎「思考の格闘技」/古森さんの個展/アラユル人の自己実現

■99.11.22
ヘッドライン前号の蛇足で、内田隆三さんの『柳田国男と事件の記録』にチラっ
とふれたけど、この内田さんは『ミッシェル・フーコー』(講談社現代新書)と
いう本も書いている。『柳田国男と事件の記録』は、なかなか全体の主張がつか
みにくい本なので、この人のバックボーンも調べる必要があるな…と何やら探偵
のごとく図書館に分け入り(笑)、この本を引っぱり出してきたんだけど、これ
読んだら、思いがけない方向にハナシが発展してしまったので、ウェブマガジン
の方に掲載してみました。なんか中途半端なハナシではあります。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas32.html#1122

■99.11.23
やー、『白痴』(手塚真監督)見てきましたよ。
ちょっと前に同じアサノの『孔雀』にメロメロと書いたけど、こっちはもうそれ
以上、なにもかも吹っ飛ぶほどの感動にやられてしまいました。

もう何もかも素晴らしい!思い出すたびに涙が溢れるという感じ(ただし私は常
人より極端に涙腺が弱いのでホドホドに受けとるよーに)。『孔雀』と同様、ア
サノのキャラクターが決定的な要素になってるんだけど、今回はやはり、手塚、
手塚、手塚真!ばんざい!です。手塚真ってまったくの同世代(同い年)っての
があって、それが画面からもビシビシ伝わって来る(それだけにひょっとしたら
ここまでのめり込めるのは、我らが世代だけなのでは?という思いがチラっとか
すめる…まっそんなこと、どーでもいいけど)。手塚真って御曹司でなんか我々
とは関係ない人って感じに思っていたが、この映画から感じるのは、彼もまたご
くごく普通にこのくだらない世間をはいずり回るように生きてきて、ようやく自
分の作品、本当に自分がやりたかったことをやり遂げた、そういう一人の人間だ
ということだ。それが伝わってくるだけに、作品のすばらしさに対する感動とと
もに、この一人のアーティストの、本当の意味でのアーティストとしての誕生に
対する祝福のようなものが重なってくるのだ。よかった、よかった、ほんとうに
よかったよ、と両手で握手してやりたい気分です(オレに握手してもらっても嬉
しくないだろーけど、キモチです、キモチ)。

追記:エキストラ出演の藤代京子さんですが、なんとアサノと激突するシーンで
「どアップ」で写ってるそうです。ロードショウ期間があまり長くないよーなの
で、皆さん早めに観にいきましょう。これは絶対ビデオじゃないほうがいいと思
いますよー(ビデオじゃないほうがイイという基準のひとつは、作品の出来不出
来はさておいて、「闇」の表現が多用されてるかどーかでしょう。ビデオだと「
闇」が薄っぺらになっちゃうから。で、この『白痴』は、闇がうま〜く使ってあ
るんです)。

■99.11.24
その『白痴』の件があったので書き忘れてたが、日曜(21日)に、「嘉源治祭
in国分寺」というイベントに行って来たのだ。「嘉源治の会」という信州のサ
ークルがやってるイベントで、木工品、染め物、焼き物などの展示即売です。こ
の「嘉源治の会」ってのが、松本の方で古い民家をベース(基地)にして、そう
いった作品づくりのワークショップやコンサート、蕎麦を打って食べる会!など
いろいろな活動を行ってるという。今回は時間的に間に合わなかったのだけど、
今後は情報があれば「アイタル通信」のコーナーでお知らせしたいと思います。

この会の人の話で面白かったのが、むこう(信州)で、なぜか「アイヌ」の文化
について研究したり映画を作ったりしているグループがあって、先日もアイヌ式
の結婚式を行ったりしたのだとか。え〜?アイヌの結婚式っていったら、オレは
ぐーぜん!にも図書館で(また図書館ネタで、すいません…)、アイヌの結婚観
について書いた本を借りて読んでたとこだったのだ。

それがアイヌ系参議院議員の萱野茂(かやの・しげる)さん(かや・のも・さん
じゃないですよ)のエッセイ集『妻は借りもの』(北海道新聞社刊)ていう本。
これはアイヌ語で、結婚を「マテト゜ン」(この「ト゜」ってよく分からないけ
ど、たぶん特殊アイヌ音なのでしょう)といって、これが「妻、借りる」という
言葉だというとこから来てる。この本自体はいろんなテーマについて書かれたエ
ッセイ集で、ことさらにアイヌの結婚観だけについて書かれた本ではないんだけ
ど、その言葉に、アイヌの文化が象徴されているって感じで、萱野さんが版元の
反対を押し切ってタイトルにしたのだそーだ(たしかにこのタイトルじゃ売りに
くいだろーなァ…人のことは言えないけど。ちなみにサブタイは「アイヌ民族の
心、いま」)。

「夫の方は、借りてあるので大切にしなければ連れにこられる。妻の側は、借り
てこられてこの家に来ているのでおしとやかにしていなければいつ返されるかわ
かりません。そのようなことで、双方一歩譲る心を常々忘れないように心がける
ので、家庭は円満というわけです。」

と、萱野さんは書いてますが、もちろんそういうことなんだろーけど、文化論的
には、これってそれ以上に深いものがあると思うわけです。借りるというとまる
で「モノ」みたいだけど、普通の日本人の「もらう・もらってやる」という感覚
に比べたらコレってどうだ?すごいことじゃない?つまり「人」を男であれ女で
あれ「所有」しないってことでしょう。これは土地や動物という「自然」に対す
るアイヌの(というより縄文文化の)つながり方にも通底するという感じ。所有
せず、相手を敬いながら、やりとりするというか。で、会の人の話ではさらにす
ごくて「アイヌの男は妻にはひたすら与えるだけで、みかえりを求めない」のだ
そうです。それって普通じゃん、と思った私はアイヌ?

蛇足:偽アイヌについては、こんな昔の記事が…(鶴見・池澤対談)
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas08.html#tsurumi

■99.11.25
松原隆一郎さんの本って読んだことがなかったのだけど、ちょっと前の雑誌「ア
エラ」の明日はどっちだ!というコラムのシリーズに「パブリック」というテー
マについて書いてて(インタビュー)気になっていたのだ(松原さんは『自由の
条件』などの著書がある社会経済学者です)。このコラムは、ようするに「公共
性」とは何か?って話ですが、日本における特殊な公共性の崩壊の状況を、これ
までの伝統的な共同体が崩壊して「世間によって再編され」たものとして捉えて
ます。「世間」の台頭を歴史的なものと捉えるわけですね(ワタシ的にはここで
は、「世間」を非歴史的というか、共時的な概念として使っているので、ちょっ
と違和感があります…というか、それは「公共性」という概念をどう捉えるかと
いうことの問題に結局は収束するのかもしれませんが)。

松原さんは、日本の崩壊状況に対して、単に公共性の大切さを道徳的に訴えるの
ではなくて、社会に対する人々の不信を解消させる「セーフティネット」の必要
性と、異質な他者が議論を深めあうための「作法」の必要性を訴えてます。こう
いった面は、かなり共感する内容なので、いずれ著書を読まねば、と思ってたん
ですが、ちょっとネットで検索してみたらHPがありました。
松原隆一郎「思考の格闘技」
http://village.infoweb.ne.jp/~fwix9916/index.htm/

いきなり論争、格闘、などと言われると、ちょっと引いちゃいますが、このHP
の「道場訓」には松原さんの姿勢が表明されていて、自分で考えることの大切さ
や、それが一人よがりにならないための「論争」の大切さ(そのウラハラとして
作法の必要性がある)など、考え方の基本については、まったく同感です。しか
も「格闘技」というのがシャレじゃなくて、ホントに格闘技についても書いてる
のが面白い。ちょうど私もスティーブン・セガールにあやかって合気道やりたい
などとほざいていたところだったので、やられた!と思っちゃいました。

追記:このHP内でアエラの記事(10/25号)を読めます。このインタビュ
ーをまとめたのは藤生京子さんという方…どっかで聞いた名前だなぁ。

■99.11.26
お受験事件について「走り書き」に掲載しましたが、事件の悲惨さを考えると軽
々にメルマガで送付するのも問題があるかと思いますので、「以前の走り書き」
のページに保管しておきます。関心のある方はそちらをご覧ください。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/previous.html
(その後、さらにウェブマガジン33号に再録)

■99.11.27
アイタル通信で紹介している古森秀夫さんの個展「微気象」に行ってきました。
微気象というタイトルさながらに、微妙な色調の画像がゆっくりとした「動き」
を感じさせる、不思議な心地好い空間が作られてます。ぜひご覧下さい。
(ジャンル的にはなんていうんだろ?、紙片が浮き上がったようなオブジェの上
に抽象化されたイメージが描き出されているという感じの作品群です)。
アイタル通信
http://page.freett.com/nattyrec/ITAL/index.html

■99.11.28
「ミッシェル・フーコーについて」に関して、小脳論のジャコウネズミさんから
の指摘があり、若干修正しました。フーコーのいう「生の様式化」、ようするに
創造的な生き方、とでもいうものが、「すべての人」に可能かどうか、というこ
とについて、私がそれを否定するものではない、ということを書き加えてます(
くわしくは本記事および掲示板参照)。それにちょっと関わることですが、ちょ
うど今朝の読売新聞の書評欄に竹岡俊樹さんの『オウム真理教事件完全読解』(
勉誠出版)の紹介があり(記者記事)、そこに「あの事件から何を学ぶべきか」
として、次のようなあとがきの記述が引用されていました。

「本当の自分」を求めて逃走することではなく…すべての個人が自己実現を果た
すことのできる、経済原則からは切り離された文化システムを創り上げること」

がダイジだ、というのですね。まさに私の言いたいのもそこにあります。自己実
現するかどーか、したいかどーかは、本人の勝手に属すが、あくまで「システム
」としては、アラユル人が、なんの差別を受けることなく「自己実現」をなしう
る条件を創り出すこと…、それが最低限、共有しうる「目標」なのではないか?
と思うところです。
(…それにしても、この日の書評欄では中沢新一氏の『女は存在しない』も取り
上げられていました。これって何かの皮肉?)

追記:たまたまこの日はある「研究発表会」に出席させていただいて、日頃こう
いうところで関心を持っているテーマについての研究発表を聞き、その後の意見
交換の場などで、私も自分が考えてることを、しゃべる機会があったのですが、
そうやって直接人に話すことで、自分が考えてることが「狭い範囲」に閉じこも
っていることに気づかされたり、新たな着想や捉え方の枠組みに気づかされるこ
とがたくさんありました。やはり実際に会って話すってのは、ダイジですね。ネ
ットでもなるべくそれに近いことができればいいな〜というのが、切実に思うと
ころです。結局僕がここに書いてることというのは、そんな風にいろいろな人か
ら受けとったことをネットを通じて返す(還元していく)ということだと思うん
ですよね。これもまたアイヌ的ではありますが…。

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■お知らせ
『オムレット〜心のカガクを探検する』(心の科学研究会G.N.C./ひるます著)
は「心とは何か?」をテーマにした「思考する」マンガです。オムレットの詳し
い内容はこちらに掲載しております。ぜひご覧ください。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html

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