━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ ■■ ■ HIRUMAS HEADLINE WEEKLY
■■■■■■ 週刊ひるますヘッドライン
■ ■■ ■               第22号 99.12.4-99.12.10
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ひるますヘッドラインは、ひるますHP冒頭のコラムを一週間分まとめたもの
 です。HP更新情報、マンガ製作日誌、人文系書籍の情報、身辺雑記などです。
____________________________________

■今週の主な内容
山形新幹線/音羽事件その後/「ダヴィンチ」の山岸涼子と北海道の根無し文化
/ノーベル賞フォーラムの大江健三郎、モラリティの問題/ゴジラミレニアムの
佐野史郎/「柳田国男の読み方」から東北の方へ/西欧精神医学背景史!

■99.12.4
山形新幹線が新庄まで延伸したということで、JR線では広告が出まくってます
が、山形の蕎麦屋がたくさん載ってるバージョンがあって、そそられる。前も書
いたけど、早く山形に蕎麦喰いの旅に行きたいのだ(金がないんだけど)。すっ
かりお知らせするのを忘れていたが、柴田書店のムック本「そばうどん」の最新
号がすでにして発売中です(第29号)。今回の特集はなんと、北海道の蕎麦。
えっ?北海道に蕎麦なんてあるの?と、オレも思ったんだけど、あるんだよ。詳
しくは「そばうどん」のHPをご覧下さい。
http://www.shibatashoten.co.jp/Mooks/Soba.html
参考)山形蕎麦/田舎蕎麦については、「蕎麦を生きる」に投稿があります。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/BETSU/betsu1.html

■99.12.5
しばらくこのサイトの更新を休止していましたが、その間に起きた事件といった
ら、まずはオウム「謝罪」と「新法成立」ですか。

それからお受験事件が、実ハ「お受験」事件ではなかったというのも結構反響が
大きい(オレは全然意外ではなかったけど)。それをキッカケにして、全国の母
親たちから、母親同士の人間関係でストレスがたまるということに「わかるわか
る」という共感の声が寄せられているのだ、そーだ(新聞、テレビなどに)。こ
れってまるで<サカキバラ>のときの「わかるわかる」にそっくりだが、しかし
それを大々的に伝えるマスコミってのは、節操がないなー。「お受験」が動機だ
と決めつけて報道していたのに、それを「訂正」するという手続きも無しに、公
園デビューやらなんやらの「母親」の世間を社会問題化することに夢中だ。それ
にしてもこういう事件が起きて、当の容疑者にそう言ってもらわないと「問題」
が見えないんだから、なにを言ってみたところで底が浅い。マスコミもそうだけ
ど、「わかるわかる」と言ってる人たち、そう思ってるなら、自分でそれを変え
なきゃしょーがないじゃん。
参考)<サカキバラ>のときの「わかるわかる」については、
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas14.html#kyokan

■99.12.6
ずーっと前のヘッドライン17号で紹介した山岸涼子先生ご登場の「ダ・ヴィン
チ」9月号を、よーやく図書館で見つけました(けっこう借りられてて、無かっ
たりするのです)。なんとアサノ(浅野忠信)が表紙でこれもびっくりしてしま
いました(だからなんだっつーことでもないんですけど…)。中身はタイトルの
「山岸涼子さんが語る怖い話」の期待を裏切らない怪談が入ってて、大満足。京
極堂がイチイチ「認知科学的―精神分析的」解説をつけてるんだけど、これも嫌
みがなくいい雰囲気が伝わってくる。

ワタシ的には、山岸涼子さん、京極堂がともに北海道出身で、北海道が伝統が浅
いため、怪異に対する対処法がない、ということで意見が一致しているところが
面白かった。よく言えば「因習がない」ということなんだけど、悪く言えば「文
化」がない、という。

「そうしたもの(悪所など)と向き合って対処する方法というのは、文化の中で
 長い年月をかけて培われるべきものですよ。これは科学的根拠があっても迷信
 でも同様です。生きる知恵ですから。(北海道では)それがない」(京極堂)

なんかいろいろと含蓄があるコトバですねー。生きる知恵、長い年月によって培
われてきた叡知としての「文化」。これを考えることなくして、「いま」の問題
は見えてこないんじゃないかとさえ思う。それを象徴するのが、文化なき科学主
義の果てにあるミイラ事件であり、文化なき世間至上主義の果てにある音羽の事
件ということになるでしょう。

追記:なお「音羽事件」については、あらためてウェブマガジン33号に再録し
ました。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas33.html
…それにしても話題の「法の華」、あれもオレが住んでた頃、音羽に道場かなん
かがあって、護国寺駅のホームにはいつも「サイコ、サイコ、…」と連呼する若
者たちがいたもんでした。

■99.12.7
ヘッドライン20号で紹介した「ノーベル賞フォーラム」(大江健三郎氏、利根
川進氏の基調講演と、養老孟司さんを司会に迎えた討論)の内容が読売朝刊(7
日)に紹介されてました。

参加した方からだいたいの内容は聞いてましたが、私として一番確認しときたか
ったのは、大江健三郎さんの「モラル」についての発言です。読売の資料による
と参加者からの「個の尊重という風潮がモラルの低下をもたらしているのではな
いか」という質問に答えているところで、

「それは逆でしょう。モラリティーとは、個のものじゃないですか。まず個に自
 発するモラリティーがある。その個が集まって責任をとる公が、社会であり、
 国家であり、国家を超えた世界だ――というふうに考えてゆくべきです。」

と、なってました。この辺は、すでにその大江氏の『人生の習慣』から見て取っ
たところです(ウェブマガジン31号)。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas31.html#1018
 
倫理とは個の生き方のモード、生の様式化(フーコー)としてしかない。倫理の
根拠を共同体・世間といった「集団」的なものにおこうとすることこそが、むし
ろモラルの低下をもたらすのだ、と言っていいわけだ。

ここで大江氏は単に個がダイジか集団がダイジかというハナシではなくて、集団
的な価値を尊重することが、個の多様性を一面化(一元化)していく(傾向があ
る)ことを問題にしてます。「多様なものを尊重する社会と、それを一面化する
勢いとがせめぎあい、闘ってきたのが人類の歴史だったんじゃないかと思います
」「多様性こそが重要だと考える個が集まって、多面的な社会を守ることが大切
です。それが民主主義」(大江氏)ということです。「多様性」がカンジンとい
うのは、これまたフーコーとも一致します(ウェブマガジン32号)。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas32.html#1122

ここらへんに、前にふれた「アラユル人が自己実現できる」文化システムの可能
性が見える気がするんですけどね。これは同時に「政治」的でもあるような社会
システムの問題なのでしょう。

■99.12.8
読売といえば、その前日(6日)夕刊に、ゴジラミレニアムの記事があって、そ
のゴジラに出演してる佐野史郎が、これまでも依頼は来てたけど、チョイ役だっ
たので断ってたってハナシが出てます。その記事の最後で佐野史郎が、こんどは
監督をやりたい…ということを言っていて、思わず「つくらせたい!」と叫んじ
ゃいました。

やっぱ今までゴジラ映画って、どー考えてもゴジラが好きじゃない人たちがお仕
事としてやってたって感じがするんだよなー。その点、佐野史郎なら任せられる
って感じ。…私の記憶がたしかならば、佐野は数年前のテレビのゴジラ特番にイ
ンタビューで登場して「あなたならどんなゴジラ映画が観たいか」という問いに
対して、「一頭だけじゃなくて、何十頭ものゴジラがうようよと東京に上陸して
くる…」というイメージを空を見つめて語ってました。その時からオレは「コイ
ツしかいねえ!」と思ってたんです。金があったら制作費だしてやりたいくらい
です(もちろんそんな金はないから言ってるんだけど)。

ちなみに佐野史郎は正月のワウワウで、京極堂の初の映像化作品とかいう『怪』
にも出演してます。

追記:ゴジラで思い出すのは、不思議と柄本明だ。たしか新しい方の「メカゴジ
ラ」もので、自衛隊のパイロットをやってたと思うんだけど、超近代的なメカ(
メカゴジラそのものだったかな?)を操縦する男で、全然似合わないの。リアリ
ティを出そうとしたのかもしれないけど、なんか勘違いっていうか、ただの中年
管理職でかっこわるいのだった。アニメの世界に柄本明が実写で出てきたら、ど
ー考えても「ヘン」でしょ。そういう類の違和感ね。…と、そんなことを思い出
したのは、今フジ系でやってる『OUT』の柄本明、これがメチャクチャはまっ
てて、イイのだ。前半はなんでまた柄本明のエピソードがくどくどと描かれるの
か疑問だったが、いまや「主役」になっちゃってますからね(ごくごく普通の柄
本明から、金髪のサイコキラーに変貌したのです)。柄本といえば、やはり安吾
原作の『カンゾー先生』で三国蓮太郎の代役やって見事にコケた、ということに
象徴されるように、パッとしない、代表作がない…って感じだったけどついに『
OUT』で自分の宿命に出会ったって感じ(笑)ですね。よかった、よかった。

■99.12.9
例のごとく柳田国男探索シリーズとして、引き続き赤坂憲雄さんの『柳田国男の
読み方』(ちくま新書)を読んだ。これ、著者もあとがきで「新書らしからぬ内
容」と言ってるように、かなりわかりにくい。前に紹介した赤坂さんの『山の精
神史』など一連の柳田国男についての論考の総括的内容ということらしい。なん
かハナシがわかりにくいのは、ブンガクがかった記述と、やっぱ柳田国男のテキ
ストそのものから読みとるっていう方法的前提のためだろう。もちろんワシら部
外者にはかったるいだけだが、学者としての赤坂さんとしてはこの道を正面突破
するしかなかったんだろう、というのは、非常によく分かる(勝手に分かったつ
もりで言うんだけど)。

ようするに柳田は後期思想において「民俗学」を打ち立て、それによって稲作文
化を以て「日本」という文化システムとして規定し、それ以前に探求していた縄
文的・アイヌ的・蝦夷的・山人的・漂泊民的…な文化を「排除」してしまった。
だから「別な民俗学」(オルタナティヴな民俗学)を創造する手続きとして、初
期柳田の解読、ひいては柳田国男という思想そのものの批判的検討が必要だった
ってことでしょう。

とすれば問題はその「排除された」文化はいかなるものだったのか?という実証
的かつ根源的な思考なわけだが、それが赤坂さんのいう「東北学」(って雑誌が
創刊されたことは前に御紹介した)ってことになるんだろう。なぜ「東北」なの
か?ということをこの本の末尾で赤坂さんは書いていて、「東北は(柳田)民俗
学のアキレス腱」なのだと言ってて面白い。よーするに柳田が排除した「稲では
ない文化」が、そこには「現在の事実として存在」しているってことでしょう。
この点、前の京極堂―山岸さんの「北海道の根無し文化」と比べると分かりやす
いが、東北は「稲の文化」というヴェールをかぶりつつも、根っこの文化はちゃ
んと持続させてきているってことになる(北海道の皆様、別にこれ悪口じゃーな
いですよ)。

まー縄文について(ヘッドライン13号参照)でも言ったようにこういう言い方
はあるていど「フェイク」なんだけど、それにしてもカンジンなことは、なんで
その排除された文化ってのが「いま」問題なのか?ってことでしょう。排除され
たモノの恨み、ではもちろんない。結局のところ、そこに見えてきている文化の
カタチが(ある意味でつきつめていけば「縄文的な文化のカタチ」ということに
なるんだろうけど)、現在我々が模索している新たな文化のカタチにとっての参
考になる(かどーか)というところにあるわけでしょう。なんか実利追求的?っ
ぽくて学問的ではないですが、そうでなかったら、あんまり関心のないハナシで
終わりでしょう。

ようするに「文化の質的転換」という問題です。稲の文化の一元化、異質なもの
の排除という性格に対して、排除された非稲作文化の方は、多様性を尊重する文
化だと考えられる(上記12/7の大江健三郎の文化の二つの極性を参照)。と
図式化してしまえばそれまでって感じですが、そういってすますのではなく、よ
り突っ込んでこの文化のあり様を探求したい!と思うのは、結局は文化ってもの
は「自分でやってみなくては分からない」ものだからでしょう。ざっくばらんに
言って、文化とは栗本のいうように「情報をどう使うかというシステムのこと」
なのだが(ウェブマガジン31号の「鹿踊り」の項参照)、それは身体の態勢・
技能、生の様式といったようなカタチで、個人の肉体を通じてしか実現されない
ものでしょう。したがって、文化ってのは、文化を変えようなんていうかけ声で
変わるものではなくて「長い時間をかけて蓄積されて」いくしかない。

つまり今までのハナシに出てきた「文化システムを変えよう」ということは、シ
ステムを第三者的に変えていけばいいということではなくて、それこそ文化の創
造、美学的・倫理的な様式化、コトの創造…といった個人的な行為の積み重ねと
して、結局は全体が変わっていくという道でしかない、ってことになる。ただし
もう目指すところは見えている(アラユル個人の自己実現)わけで、いまやその
具体論がダイジだというところに来ているってことでしょう。そしてまさにその
具体論としての(勝手に決めつけてますが)「東北学」には非常に興味を引かれ
るわけなのです(「東北学」のサブタイトルが「いくつもの日本へ」で、多様性
を尊重する文化を象徴しています)。
参考)ウェブマガジン31号
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas31.html#0903

■99.12.10
インターネットで本を注文してセブンイレブンで受けとるっていうシステムがあ
りますが、これで試しに『オムレット』をひいてみたら、在庫ナシで注文できま
せんでした(トホホ…)。今のところはこの会社が在庫としてキープしてる本し
か注文できないようですが、来春からは取り寄せでほとんどの本が買えるように
なるよーです。これで気軽に本を注文できるよーになるのだろーか(今は、注文
しても、いつ来るか分からないからなかなか注文できないんだよね)。
eS!Books
http://www.esbooks.co.jp/front/books/index.zolar

それはともかく、なにげに検索してたら中井久夫のリストに『西欧精神医学背景
史』とあって、もー、ビックリ。これ、ワタシ的には中井久夫の最高傑作にして
ヨーロッパ中世〜近代史に興味をもつキッカケになった長編論文なのです。「背
景史」というのは、なんだ?って感じですが、ようするに精神医学の学説史では
なくて、それが成り立ってきた背景としての歴史を書いているわけで、我々しろ
うとにとっては、ようするに非常に個性的な「西欧史」そのもの。さらに言えば
西欧精神医学の「系譜学的」記述、とでもいうことになるんでしょうか。もとも
とは、中山書店の『精神医学大系』という全なん十巻だかのシリーズ中に収録さ
れていたもんなんですが、『分裂病と人類』(東大出版会)という単行本の中に
縮小版が再録されてました。今回はみすずからライブラリーとしてタイトルも堂
々、『西欧精神医学背景史』となってのお目見えですから、ファンの方はうれし
いでしょうが、ワタシとしてはちょっとフクザツな…。つまりなんというか、こ
れを元にしてさらに拡大した「西欧精神史」をバーンと書いて欲しいというひそ
かな願いがあったんですが、こうしてコレが出たってことは、もうそういう大著
にはしないよっていうある種の打ち止め宣言のようにも感じられたからなのだ。
なんか寂しいですね…。
____________________________________

■お知らせ
『オムレット〜心のカガクを探検する』(心の科学研究会G.N.C./ひるます著)
は「心とは何か?」をテーマにした「思考する」マンガです。オムレットの詳し
い内容はこちらに掲載しております。ぜひご覧ください。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 発行者:堀込広明  (C) HIRUMAS 1999
 ご意見・ご感想等:info@hirumas.com
 登録の変更・解除:http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/
 配信:Pubzine http://www.pubzine.com/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ HIRUMAS HEADLINE
バックナンバー一覧にもどるトップページ(最新情報)にもどる
感想・ご意見をお知らせください。 info@hirumas.com