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■ ■■ ■ HIRUMAS HEADLINE WEEKLY
■■■■■■ 週刊ひるますヘッドライン
■ ■■ ■               第29号 00.2.5-00.2.10
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 ひるますヘッドラインは、ひるますHP冒頭のコラムを一週間分まとめたもの
 です。人文系書籍の情報、社会時評、HP更新情報、身辺雑記などです。
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■今週の主な内容
養老孟司の「世間論」/山本哲士の明珍風鈴インタビュー、生命的エコノミーと
文化技術/森岡正博、臓器移植法改正への問題提起/「職」人と「識」者/アレ
ントとマイルスの「公」=創造の核としての倫理

■00.2.5
養老孟司さんが中央公論(2月号)に、「自殺を放置する「人命尊重大国」」っ
て時評を書いてます。今日も電車が止まった、またかよ…というウラには、尊い
一つの生命の死というものがある。それが年間何千件にも及ぶというのに、それ
は大問題とはならず、安楽死・尊厳死などの問題には大騒ぎする、という矛盾を
問題にしてます。安楽死・尊厳死が問題とされるのは、別に「人命尊重」じゃな
くて「世間尊重」ではないか!と言ってますが、それはまさにそうでしょう。オ
レ的に(伊丹堂的に)言えば「世間」とは「非倫理的に行動する際のヨリドコロ
」、なんだけど、ここで養老さんが問題にしているのも、つまり「倫理」ってこ
とでしょう。

養老さんは最後のところで、安楽死を行っているオランダのカイゼル医師のこと
を話題にしている。「…安楽死を身に引き受ける医師がいかに大変か、思いを致
すべきであろう。さまざまな思い出につきまとわれて、一生を送ることになる。
しかも人生は若いときだけではない。自分が老人になったときに、そうした過去
の重荷に耐えられるか。」…倫理とは、引き受けること、実存の問題だ、と言葉
にすれば軽くなるが、そういうことなのだ。しかし問題はさらに先にあって、人
が倫理的であるかどーかは、他人には完全には分からない(主観をとっかえない
限り)のであって、同じ行為(安楽死)をやっていても、(カイゼル医師はそう
じゃないんだろーが)単に金目当てでやってるってことが十分あり得るってこと
なのだ。

倫理的な感覚、まさに感覚としかいいえないもの(あるいは、共感能力)が欠如
している人間がいてしまう、という問題をオレは単純化して「人格障害問題」と
言ってるが(これも伊丹堂のところに書いていた)、それを考えると(折りもお
り、新潟の監禁事件が発覚し、そのように考えざるを得ないわけだが)、人が倫
理的でありうること、実存としての倫理を前提にしてものゴトを決めていくこと
など、不可能じゃないかと思わされる。だからこそ養老さんも、カイゼル医師の
「実存を想え」とは言っても、「本当の生命の尊重という倫理を確立せよ」など
とは言わないのだろう。「キミたち(マスコミ)に、人命尊重などと言ってほし
くないよ」と言うのみだ。いつになくシミいる養老さんの発言でした。ぜひお読
み下さい。

追記:などと書いてたら、「てるくはのる」が「自殺」かい。まだ確かなことは
分からんが、これもまた責任を引き受けることの回避、実存(よーするに生きる
ってこと!)の放棄ってことなんだろう。まったくやりきれない。

■00.2.6
ヘッドライン25号で山本哲士さんの『文化資本論』を紹介したけど(まだ読ん
でません…)、たまたま図書館で哲学雑誌の「iichiko」を手にとったら
山本さん、この雑誌にずーとかかわってるんですね。「哲学設計」と題されたシ
リーズは、どうも『文化資本論』のオリジナルらしい。それ以外にも音楽に関す
るエッセイや、いろいろな文化人(っていうか「職人」って言った方がいいか。
つまりいわゆる「著名人」「識者」の類ではなくて、「文化技術」を身につけた
人のこと)に対するインタビューのシリーズなども載っていて面白い。

私が読んだ号では、「鉄を鍛える文化技術」というタイトルで、明珍火箸風鈴の
達人(明珍宗理氏)がインタビューされてました。明珍家というのはもともと鎧
をつくる職人だったらしいが、文明開化以来、火箸に転換し、火箸も用はなくな
った現代では、それを風鈴として作っているという。つまりスゴク音がいいのだ
という。ぜひ聞いてみたい…と思ったら、NHKの『街道をゆく』のテーマ曲で
富田勲が使っていて、かなり「原音に近い」音で聞けるということ。オレはこの
番組みてなかったので、分からないが、ピンとくる人もいるんでしょう。それに
しても鎧の時代から「音がイイ」って言われてたっていうんだからスゴイよね。
合戦のときに刀で斬りつけられてシャキーンとかチャリーンって鳴ったときの「
音のイイ」ってのが評判になって、「明珍の鎧じゃなきゃイヤだ」っていう武士
たちがいたってことだからね(笑)。

山本さんの論文の方はラカンの「象徴界/想像界/現実界」なんかから入ってい
るので、我々素人にはとっつきにくいが、言ってることは、そうとうに分かりや
すいというか、かなり密接にボクらの考えていることに近い。特に山本さんが「
述語的」とか「想像的生産」ということで言ってるのは、ほとんどオレで言えば
「コトの創造」と重なっている。面白いのは前にもふれたように「経済一辺倒」
になってしまった現代(近代)から、経済と文化が一体となった「文化=経済」
というあり方(これが普遍的なもの)へと成熟して行かなくてはならないという
主張だ。この普遍的な文化=経済のあり方を山本さんはようするに「生命的エコ
ノミー」と呼んでるようなのだが、まさにそれがカンジンなところだ。

「…こうした一連の<経済化>は、エコノミー本来のあり方を矮小化し、経済を
 社会関係から離床させ、たた明日の「売上」を現実的・実際的であるとする前
 代未聞の<産業経済主義>をつくりだしてしまった。いまでも、この売上をあ
 げることを明日の経済であると主張してやまない経済リーダーや企業人がたく
 さんいる。こうした経済を狭めて社会へ関与する企業体/企業組織が崩壊しは
 じめているのであって、それは企業本来のあり方が問われていくことへつなが
 っている。」

素直に読めば、企業本来のあり方ってのが実ハ「生命的エコノミー」に貢献する
ことだってコトになるけど、そーなりゃ確かにスバラ式世界だ。オレがこれを言
ったらただの「夢見る夢男」になっちゃうので(笑)、オレは言わないけど、マ
ジでこういうふうに社会は変わっていくと思うよ。では「生命的エコノミー」っ
てのは、結局のところ、何のためにあるのか?というと、それを山本さんは「想
像的生産」ってことで書いてる(ここで「想像的」という意味あいを詮索すると
長くなるので、だいたいの語感で意味を取って下さい)。

「…つまり、想像的生産は生命の自然観に「たいして/おいて」なされる。そこ
 で自明と思われていた自然的存在を揺るがし、生命体系の可能性を切り拓こう
 というものだ。<生命>が明らかにされていくことと、想像的生産とは対応さ
 れていこう。」

つまり「ネイティブ・マインド」に言うところの「生命の探求」そのものが、生
命のエコノミーなんであり、知ること=創造することでもある境涯だってことに
もなるわけだね(…それにしても、こんなこと書いてるヒマがあったら、早く『
文化資本論』本体を読めってことかな)。
○「ネイティブ・マインド」については
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas33.html#0124

追記:掲載誌は「哲学設計」第1回が「iichiko」46号、明珍インタビ
ューが同誌49号、いずれも98年の刊行です。「哲学設計」第1回の正式タイ
トルは「<象徴的>社会科学批判と<想像的=現実的>介在」です。

■00.2.7
アイタル通信に、第12回「ひょうたんから高麗」のお知らせ、坂田ひさしさん
主催のハーパーズミルのライブ情報を追加しました。
○アイタル通信
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/ITAL/index.html

いま森岡正博さんのHPを見てきたら、『論座』の最新号に臓器移植法改正につ
いての反論を掲載されたようです。これについては読んでからまた書きます。森
岡さんも意見を呼びかけているので、ぜひ皆さんもご覧下さい。
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/index.htm

■00.2.8
前項で紹介した森岡さんの『論座』論文、「子どもにもドナーカードによるイエ
ス、ノーの意思表示の道を」、さっそく読みました。ほとんど何も言うことがあ
りません。まったくよく書いてくれたって感じです。『論座』の読者の人々がど
う受けとるかってのは分からないけど、僕にとっては、いま起きようとしている
ことがなんなのか?、いまここで問われているのは「ものの考え方」、生き方の
問題としての倫理なんだってことがひしひしと伝わってくる。それをほとんど後
退戦とでもいうべきギリギリのところで問うていこうとする森岡さんの決意と行
動を思うと思わず目頭が熱くなってくるほどです(こんなことは森岡掲示板には
書けないね)。ぜひともご覧いただきたい。

遅くなったけど、例のロングウオークの報告。無事、現地ブラックメサに到達し
素晴らしいセレモニーをしたとのこと。くわしくはHPで。現地の老人達の感謝
も伝えられてるのでぜひご覧下さい。
http://bigmountain.hypermart.net/

■00.2.9
前の山本さんの項で、職人のハナシが出たところでフト思い出したのが、職人の
「職」が「耳へん」で、識者(有識者)の「識」が「言べん」ってのも、面白い
ってこと。これはヘッドラインの13号で、高橋克彦さんの文明と文化の定義を
『小脳論』の文明=視覚的、文化=聴覚的に引きつけて、文明の「明」は明るい
という意味で視覚的、文化の「化」は変化って意味で聴覚的(動体認知的)とい
うようにこじつけてみたハナシの続きね。
○高橋克彦の文明と文化
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/HEAD/head13.html

「職」と「識」でいうと、職が耳へんで、聴覚的(動体認知的)というのはいい
として、識の言べんは、視覚的というふうにもいかないなぁ…と思ってそのまま
にしてたんだけど、上に書いた山本さんの「象徴界/象徴的」って概念を使えば
識は言べんで、言語的であり「象徴界」(つまり概念の世界)的な抽象化された
レベルをさす、と言える。「職」と「識」、いずれも大元は「シキ」つまり「式
」であり、述語的/コト的であるのは共通しているけど、職が生命的であるのに
対して、識はより制度的ってことになるか。蛇足ながら、マトリックス化?って
いうかチャート化してみましょう(等幅フォントでご覧ください)。

【人間のリアリティに関する位相図?】

                 象徴界
         (概念の世界、共同的なリアル、制度的)
                  │
                  │     「識」
                  │
  モノ的(視覚的)────────┼────────コト的(述語的)
    〈文明〉          │          〈文化〉
                  │     「職」
                  │
                 想像界
        (身体イメージ、個体的なリアル、生命的)

…ってとこでしょうか。とすると、モノ側(図の左半分)における象徴界(つま
り左上)/想像界(左下)に対応するのは何?ってことが気になる。単純に考え
れば、「観念」/「肉体」でしょ。宮台的に言えば「意味」/「強度(体感)」
か。そう考えると、なんでも入りそうだが、たとえば「地位」/「土地」、「金
」/「財産(金以外のお宝)」とか? あるいは「信仰(崇拝)」/「フェチ(
趣味)」とか?…それにしても、これって面白い?

追記:またまたジャコウネズミさんのチェックでちょっと書き換えてみました。
こーいったやりとりは「掲示板」で行われてます。ぜひご参加ください。
http://www65.tcup.com/6510/hirumas.html

■00.2.10
「週刊朝日」(うっ、久々に出るオヤジ雑誌ネタだ〜)、2/18号の高橋源一
郎さんの「退屈な読書」って書評連載で、「ハンナ・アーレントとマイルス・デ
イビス」ってテーマで、この二人が似てるって話が書いてあって、なにが似てる
かっていうと、結論的に「私」を超える「公」ということに、この二人がかかわ
ってるところが似てるって話になってんのね。お〜、今や高橋源一郎さんまで「
公と私」ですかい?って感じだけど、この人のいう「公と私」は(よーするにア
レントさんを引いてるわけだけど)小林よしのりなどの言うそれと比べるまでも
なく、まともで筋が通ってる。「…人間の未来は「公」への正しい語りかけの中
にしかないのだと彼女は語り続けた。…マイルスはそれを音楽という形で表現し
たような気がするのだ。」他のジャズ・ミュージシャンが「変化することに反抗
して古いことにばかりすがり」、「批評家」を相手にしているのに対して、マイ
ルスは「直接、人々の耳に語りかけ」、「批評家たちに非難されても動じなかっ
た」、それをして源一郎さんは、マイルスが「公」に語りかけていたというんだ
けど、こういう言い方はオレにとってはしっくりくる(たぶんここを読んでくれ
てる方々にもそうじゃないかと思うが、どうでしょう)。つまり、ここで源一郎
さんは、「倫理」、ことさらに「創造の核としての倫理」(斎藤環、「伊丹堂の
注」参照)を問題にしてるってことなんだよね。そうしなくてもいい(同じこと
をやってりゃ評論家には認めてもらえるんだから)にもかかわらず、さらに高い
「普遍性をめがける」創造、それがマイルスが「公」に語りかけたってことでし
ょう。
○アレントさんの公共性
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/HEAD/head26.html
○伊丹堂の注
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/GNC/gnc2.html#TAMAKI

以下は蛇足:
これを読んで、まさにそうだと思いつつ、オレは昨日書いた「位相図?」を思い
出して、オレ自身の関心はこういう意味での倫理の問題にあるのであって、あそ
こで言ってる「象徴界/想像界」っていう区分ってとこには、あまりないんだよ
な〜などということを考えてた。というと何のこっちゃ(それじゃ書くなよって
いうか?)って感じもするけど、もちろん意味ないというのではなく、オレの関
心とは違うってだけのことなんだけどね…。というのも多くの論者(思想家)に
おいて、この「象徴界/想像界」が問題の焦点というか、それをキーワードとし
てこの手の問題(公の問題、倫理の問題)を考えていこうという流れがあるから
なんだけど(それをうまく整理しているのが東浩紀さんの『郵便的不安たち』序
文)、それについてのオレの考えは「大江健三郎の生き方のモードについて」に
書いたのでそちらをご参照いただきたい(よーするにそんなキーワードじゃこの
問題は解けないってこと)。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas31.html#1018

もちろん「象徴界/想像界」という区分を無視しているわけじゃなくて、『オム
レット』1〜2章でやってるように、それぞれに人が「わかる」際の「背景」が
違う、ということで処理してるんですね。オレ的にいえば、「象徴界」は「概念
として分かる背景」、「想像界」は「イメージとして分かる背景」で、それぞれ
分かる、ということ。ようするにそれぞれ「概念レイヤー」「イメージレイヤー
」での理解だってことですね。

しかし『オムレット』でも「コトの創造」ということをいう場面では、とくにイ
メージ的なものか概念的なものかという区別にはこだわっていない。特にマンガ
を描いているからかもしれないけど、それは「ないまぜ」っていうか、いっしょ
くたになって現れることだからね。ここで言えば「想像的」と「象徴的」のどち
らのレベルのものも一体となって表現がなされる(そしてそれはマンガに限った
コトじゃないのでは?)。「位相図」では、ついウッカリ象徴的なものを「制度
的」としてますが、まあ「どちらかと言えば…」ということであって、概念的な
ものが即、制度的なわけではない。そんなことを言ったら、コトバでものを書く
ことの意味を断念することになっちゃうじゃん。

オレにとって、カンジンなのは、想像的か象徴的かってことじゃなくて、「創造
的か、創造的でないか」言い換えると「創造的か、反復的か」って区別なんだよ
ね。これはさらに言い換えると(創造は倫理的なのだから)「倫理的か、非倫理
的か」とも言える。そーいう意味で「アレントさんとマイルス」の話とリンクす
るってことね。象徴界におけるアレントと、想像界におけるマイルスが「似てい
る」、しかも「公にかかわっている」、つまり「倫理的か、非倫理的か」という
点で似てるってことは、まさに象徴・想像両界?の違いはどーでもイイというオ
レの考えとぴったり一致するわけだ、と我田引水に思うところです。

追記:それじゃ、この「倫理的か、非倫理的か」でチャートをつくるとどーなん
の?…ってなんか今回すごい長くなってる気がしますが、やってみましょう(た
だし内容は凡庸なものです)。

【人間の価値観に関する位相図?】

                 創造的
              (倫理的、「公」的)
                  │
           「政治」「学問/思想」「芸術」
                  │
   概念的・象徴的────────┼──「恋愛」──想像的・エロス的
    (共同的)         │         (個体的)
            「世間」  │  「家族」
                  │
                 反復的
             (非−倫理的、「私」的)

…ってとこでしょうか。なんかヒンシュクものって感じ?「価値観の位相」とし
てみたところが妙味で、非倫理的な位相のものといえど、価値が低い、というわ
けではない、という点にはご注意ください(位相の違いであって、価値の高低で
はないってことです)。また思想にせよ、芸術にせよ、政治にせよ、それがその
ジャンルであるというだけで、即、倫理的であるということではない、のは言う
までもありません。かくあれ、ってことですね。

付記:この図については改訂版を作っております。次号参照ください。

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 ■おしらせ
 『オムレット〜心のカガクを探検する』(心の科学研究会G.N.C./ひるます著)
 の詳しい内容は下記URLに掲載しております。ぜひご覧ください。
 http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html
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 発行者:堀込広明  (C) HIRUMAS 2000
 ご意見・ご感想等:info@hirumas.com
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