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■ ■■ ■ HIRUMAS HEADLINE WEEKLY
■■■■■■ 週刊ひるますヘッドライン
■ ■■ ■               第32号 00.2.27-00.3.3
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 ひるますヘッドラインは、ひるますHP冒頭のコラムを一週間分まとめたもの
 です。人文系書籍の情報、社会時評、HP更新情報、身辺雑記などです。
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■今週の主な内容
慎太郎新税批判/新潟県警&管区警察処分問題/関八州まわり/臓器移植法改正
案への反対運動について/マンガは哲学する?/ラスキンとマモンの神

■00.2.27
慎太郎新税についての根本的な批判が2月24日朝日新聞夕刊にのってるという
情報を于論茶さんが掲示板で書いてましたので、さっそく図書館で見てきました
(いまだに新聞をとる金ができないのだ…)。法政大教授の金子勝さんによるも
ので、銀行経営者の責任がまったく問われず、本当意味での地方分権がうやむや
にされてしまう、という点を指摘してます。ようするに石原氏の政策は「ガス抜
き」であって、真の改革からの後退でしかないってことです。

と思ったら、石原慎太郎に関するメルマガがありました。ちゃ〜んと、ウォッチ
(監視)してくれるなら大歓迎ですな。
石原慎太郎Watch
http://www.newsya.com/

それにしても石原はよくやった、とにもかくにも変えようとした(一石を投じた
)ということの重さはあるんだろう。しかしそれはそれこそ「庶民」の意見であ
って、マスコミがそーいうレベルのことを言ってても始まんない。そもそも、金
子さんが指摘するような経営者責任がうやむやにされた問題を遡って考えれば、
なにもただ単にうやむやになった、などということがこの世にあるはずもなく、
「うやむやにした」人たちがいたわけだ(いわゆる金融国会でしょ)。そういう
ことをはっきりとイチイチ言えよ、と私は言っておく。つまり危機は好機だ、な
ーんてことを言うまでもなく、いろんなところに根本に立ち返って考える「機会
」はあるわけで、これもひとつの機会と捉え直す必要がある。そういう意味で、
この金子さんの議論を広く共有していかなくてはならないのでは、と思うのだ。

追記:この朝日夕刊をコピーして読んでたら、ちょうど金子さんの記事の隣が哲
学者の鷲田清一さんの「ウオッチ論調」ってコーナーで、斎藤環さんの若者に対
するインタビュー記事のことが紹介されてました(『広告』1+2月号掲載)。
これはチェックせねば。若者たちの人間関係が「葛藤がなく」「なんら構造的な
ものを共有することがなく」つながりが出来ていくという「フラットな感覚」に
ついて指摘しているようです。それはいいとして、この評者の鷲田さんはこの『
広告』誌での議論を、ラカン派の新宮一成さんの話と接続させて、(はっきりそ
うは言わないけど)例の「象徴界/想像界」の図式をあてはめ、象徴機能の不全
がモンダイなのだという感じの議論にしている。そー言っちゃうとちょっと違う
のでは?というのがオレの考えだが、これについてはまたいずれ。

■00.2.28
も〜、ぐっちゃぐちゃ。
(も〜、こんなぐちゃぐちゃな国なんだから、オウムのソフト屋に「侵入」され
 ても、ぜーんぜん不思議じゃないよな。)

もちろん新潟県警本部長&管区警察局長処分問題ね。細かいことはオレが言うま
でもないけど(ネット資産の無駄じゃ、笑)、ひとことだけ言っとくと、オレは
処分が軽いとかなんだとか言う前に、「そもそも処分の対象となる調査ってもん
が何も行われてない」のをどーするんだ?ってこと。だってどう考えたって、こ
の重大事件(女性の保護)発生時に「たまたま」監査をさぼり、接待観光してた
ってだけの問題じゃないでしょ。警察庁の特別監察ってもんが、そもそもなんら
実体的にはなされてなかったってことが問題なんであり、それは今回にだけ限定
されるものじゃないハズ。継続的にそのようなカラ監察が行われていたのであれ
ば(あるに決まってるが)、はっきりとそれは国家に対する背任行為であり、犯
罪者として身柄を確保した上で、取り調べるべきではないの? なんか権力者口
調になって言うのもイヤだが、なんで誰もそのことを言わないのかがギモンだ。

追記:内閣には人事権がないから、どーしようもない、というのが、政府の立場
だということだが、そもそもこれは「人事問題」なんかじゃねーだろう!という
のがオレの主張だ(つまり不祥事じゃなくて犯罪ってこと)。最初、本部長がマ
ージャンやってたっていう報道の時は、オレはむしろ「いくら重大事件だからっ
て警察だって分業でやってんだから、別にマージャンやってたっていいじゃん」
と思ったくらいだ。オレが問題にしているのは上に書いているように、「その時
」の問題ではなくて、彼らが継続的になんら「仕事をしないでいる」ということ
によって、行政に多大な損害をかけているのではないか?ということだ。処分な
しで辞表を受けとるということは、いったいぜんたい「何が問題だったのか」そ
のものをうやむやにするってことでしかない。実際もんだい、公安委員会の面々
の「処分なし」の理由はそれぞれマチマチで、はっきりしない。ひとりが「法に
はふれていない」って言うが、そこを過去に遡って調べたわけでもなんでもない
じゃないか、というのだ。単純に言ったって、これで処分がないってことは、お
役人に対して「運悪く見つかる」という不幸さえなければ、どんなに仕事をさぼ
ってもいいし、それによって不必要な経費、税金のムダをいくら発生させてもい
いのだ、とお墨付きを与えたようなものではないか。ところで、別の公安委員は
「辞表を出すというのは切腹に当たる」などとのたもうていたが、あら懐かしや
このセリフ! たまたま29日ののNステ(またNステネタで、もーしわけない
)でも、この処分についてある自民党議員が、「辞表を出すということは大変な
ことなんだよ、チミィ」と言ったとか言わないとかいう話が出て、このときも思
い出したが、なんたってこれらの発言の元祖は、小泉純一郎サンね。厚生大臣の
時、例の「まるなげ」問題で事務次官を免職せずに、辞表を受け取ってまんまと
辞職させてあげた(つまり退職金を払ってあげた)のだったが、それを追求され
ると、辞表を出すというのは、切腹するのと同じだ、免職にするというのは市中
引き回し、獄門に当たる、切腹を申し出た者にそのような仕打ちをするのは武士
道に反するではないか!などと口走ったのだったよね〜(オレもしつこいのぅ。
べつに今回のある議員というのが小泉サンだろうと勘ぐってるわけじゃーないす
よ)。3月2日になって、本部長と管区警察局長が退職金を辞退したという報道
が流れたが、よっぽど「身に覚えがある」んでしょうか、あるいはよっぽどいい
転職先(天下り先)を紹介されたんでしょうかね。
○小泉という男についてはずーっと前に書いた。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/navi1996.html#1123

さらに追記:それにしても管区警察なんて笑っちゃうよなぁ…。いや、つまりそ
れが各県警を監察してまわってるなんて、まるで『座頭市』に出てくる「関八州
まわり」じゃない。『座頭市』の八州まわりって、なんら実体的な権力がないの
に、権威だけはあるので、各地のやくざたちの間を「監察」しながら豪遊させて
もらってるって設定なのね(八州まわりが管区警察だとすると、皮肉なことにや
くざが自治警察ってことか)。もちろんやくざたちは権威にひれ伏してるわけじ
ゃなくて、利権がらみで接待しているわけね(ていうか、本当のところは単にも
てあそんでるだけっていうのが、勝新最後の『座頭市』映画での描き方だったけ
どね。ちなみに八州まわりの役は陣内孝則さんでした…)。あいも変わらぬ日本
の姿なのか(ってゆうか『座頭市』はフィクションです)。
○『座頭市』についてもずーっと前に書いた。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas11.html#gyaku

■00.2.29(00.3.3 改)
臓器移植法改正案への反対運動を支援するサイト「臓器移植法改正案を問うHP
」が開設されてます。改正案とその反対論拠などがていねいにまとめられていま
す。ぜひこのサイトをご覧いただきたいと思います。また、ご賛同いただける方
は、この反対サイトへのリンクを拡げていくことによって、この問題への関心、
そして反対に向けての意思形成をすすめていけるんじゃないかと思いますので、
ぜひご協力ください。このサイトでは今後、単に反対を叫ぶだけではなく、「子
どもが臓器移植を受けられるようにするには?」といった課題に対する議論も行
っていくというように、責任ある態度をとっています。
○臓器移植法改正案を問うHP
http://ishokuho.tripod.co.jp/

一方、森岡さんご自身も件の『論座』論文全文をネットに掲載されています。さ
らに詳しく突っ込んだ議論を聞いてみたいという方は、まずはこちらをお読み下
さい。森岡さんもどんどんリンクしてくれとおっしゃってるようですので、こち
らもリンク可能な方はどんどんリンクしましょう。
○『論座』論文全文掲載
森岡正博「子どもにもドナーカードによるイエス、ノーの意思表示の道を」
http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/library01/kodomo.htm

さらに「森岡正博ファンページ」としてスタートしたカエルさんのHPが早くも
バージョンアップし、「濃密会話用」掲示板が装備されています。こちらも「改
正案」についての突っ込んだ議論ができる場ですので、ご意見や疑問がある方は
こちらにも出入りしてみてください。
○Kael Studies Homepage(旧・森岡正博さんのファンページ)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/4728/

追記:28日読売夕刊の「論壇」のコーナーで「臓器提供と生命倫理」というテ
ーマで森岡さんの『論座』論文などがとりあげられてます。自己決定権の思想を
もちだして森岡さんの論と改正案を「共通のもの」とするなど、ちょっとピンボ
ケなところがあるが、森岡さんの論に対して「これを現実化する場合には「死の
教育」という別の難問に直面することにもなろう」としているのはそのとおりで
しょう。しかしオレはだからタイヘンだ、というのではなくて、だから教育をし
ていけばいいじゃんと前向きにしか思わないけどね。教育ったって、この問題に
ついて言えば、すでにある「答え」を教え込む(刷り込む)ってことじゃぜんぜ
んなくて、死、とくに自分の死について親子で自由に考え対話していくことがで
きるようになるってことでしょう。そういった対話や対話を可能にするような「
教育」がないところで、制度だけきっちり作っとけばいいという発想がそもそも
アラユル間違いのもとではないか(その最たるものが「民主主義」がうまく作動
しないってことでしょ)。

■00.3.1
上の追記の論壇の記事の下に永井均さんの新刊『マンガは哲学する』(講談社)
の紹介が載ってたのだが、ん? どっかで聞いたタイトルだけど…、それはまあ
いいとして、本屋で立ち読みした限りでは、なんか「このマンガって哲学っぽい
〜」って言ってるだけの話のような感じがするんだけど、どうなんだ?(別に『
オムレット』が取り上げられてないので、やっかんでるわけじゃないですよ〜)

たしかにこの人のやり方ってのは、とことん自分のアタマで考えるってところに
あって、そのやり方は共感できるのだが、その考えの行く方向が、結局は考える
ことそれ自体が目的というか、世の中から隔絶して役に立たないものであるべき
というところがあって、ようするに考えることにとっては実は恣意的でしかない
ような「領域設定」が施してあるという感じ。はっきり言えば「哲学ヲタク」た
らんとする意志みたいなもの感じられて、どーも好きになれないね。こういうヲ
タクであるということと、考えるということが徹底的に孤立する孤独な作業だ、
ということとは全然関係ないんじゃないの? 前回の「見えないネットワーク」
の話にからめて言えば、こういう領域設定の中で考えることで共有しあう関係っ
てのは、まるっきり見え見えのヲタク・サークルとしてのネットワークにすぎな
いんじゃないだろうか。

■00.3.2
読売夕刊文化欄にジョン・ラスキンについての記事「文化置き去りの経済優先、
ラスキンが現代に問う」(駒沢大教授の富士川義之さん)が載ってました。ラス
キンさんって、恥ずかしながら私は知らなかったのだが、美術評論家にして社会
思想家、没後100年ってことで展示会が行われるので、それに絡めてこーいう
記事が書かれたらしい。それはともかく、ラスキンさんが言ってるのは、物質的
な富のみを追求する経済中心主義はダメで、「人間の品位や慎みといった精神的
な富や文化的豊かさ」を重視して、経済と文化を統合して行かなくてはならない
ってこと。

「多くの人びとは「富の邪神」、すなわちマモンの神に仕えるのみで、依拠すべ
 きなんらの精神的価値をもたない社会の混迷の中で生きている」

「ラスキンによれば、富というのは、物質的価値を作り出す「リッチ」と、精神
 的価値、あるいは「生命力」を作り出す「ウェルス」に分けられるという。そ
 して現代において「リッチ」が「ウェルス」を破壊しているのは、人びとがマ
 モンの神を崇拝しているところに原因があると述べる。富というものが物だけ
 ではなく、人から成るものであるということを忘失しているからなのだと。そ
 れゆえ、人を育てるべき教育の重要性が不当に軽視され、無知、無教養が世の
 中にはびこっていると批判する。「生なくして富は存在しない」と考えるから
 である。」

う〜ん、マモンの神がどーこうは別として(いや、そこが面白いんだけど、笑)
ここで言われてることは、非常に興味深いというか、いまオレの関心のあるとこ
ろと根元でつながってる感じ。もちろん単に物質文明を否定して「精神」の生活
を求めるってことなら、どこにでもあるというか、昔からある話だけどね。ブッ
ダは当たり前として、モーゼの出エジプトってのがまさに「物質文明のエジプト
からの脱出」だったわけで、そこから最近の精神世界まで綿々と続く「物質的な
文明への否定」ってのはありふれた思想だとは言える。しか、このラスキンでカ
ンジンなのは、その物質文明の否定が背世界的というか、ようするに宗教的なカ
タチでこの現実を単純に否定したり、観念や小さな共同体に退却するのではなく
して、あくまでこの現実における倫理的・社会的な問題として提起されている、
というところにある。

その根元でつながってると言えば、ここでよく引き合いに出す『小脳論』や、先
日、職人に関連して取り上げた山本哲士さんの「文化資本」という考え方、さら
には、「経済優先」などと言うことではすまない物質文明の破壊的な側面を問う
森岡さんの「無痛文明論」が、やはりつながってるでしょう。とくにラスキンは
柳宗悦にも影響を与え、日本の「民芸発見」のきっかけになったとも書かれてい
るから、「職」に並々ならぬ関心を寄せる小脳論、文化資本論には深いつながり
がある、と言えるだろう(なんて思ってたら、偶然にも書店の新刊本コーナーに
柳宗悦の『手仕事の日本』ってのが並んでましたね〜)。

というわけで、100年前に亡くなったラスキンさんがすでにしてそういうコト
を言っていて、それが今、タイムリーにも注目されているってことは、不思議な
偶然の一致という感じだ。この記事によると「来るべき二十一世紀はラスキンの
時代であるという声さえ出はじめている」そーだ。それはともかく、没後100
年を記念する展示会「ジョン・ラスキン 思索するまなざし」展は、銀座のミキ
モトホール(ミキモト本社の中にある)で4日〜14日まで行われているので、
ぜひ行ってみよう!

追記:ワシは初日の4日にさっそく行ってきたよ〜。プレステ2の発売には目も
くれず…にね(笑)。

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 ■おしらせ
 『オムレット〜心のカガクを探検する』(心の科学研究会G.N.C./ひるます著)
 の詳しい内容は下記URLに掲載しております。ぜひご覧ください。
 http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html
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 発行者:堀込広明  (C) HIRUMAS 2000
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