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■ ■■ ■ HIRUMAS HEADLINE WEEKLY
■■■■■■ 週刊ひるますヘッドライン
■ ■■ ■               第35号 00.3.25-00.3.31
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 ひるますヘッドラインは、ひるますHP冒頭のコラムを一週間分まとめたもの
 です。人文系書籍の情報、社会時評、HP更新情報、身辺雑記などです。
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■今週の主な内容
表現文化探偵団/直観と直感/直感と気配(明石散人)/ML用掲示板/夢占い
と直感・気配論

■00.3.28
前号で紹介したML「表現文化研究会」、早くも気が変わって「表現文化探偵団
」(仮)にしてみました。研究目的でない方(って、オレもそーじゃん!)も入
りやすいようなものにしようってことです(一時「知的面白探偵団」にしました
が、やはり「知的」ってのがイヤらしーかなと思ってさらに変更)。で、何をや
るのか?ってことですが、第一弾企画は近々に発表いたしますので、ご期待を。

■00.3.29
前の走り書きで上野さんの「直感」について書きましたが(ヘッドライン34号
収録)、私、またまた誤植、「直感」じゃなくて「直観」でしたねー、失礼しま
した。以前もオムレットの質問コーナーで誤植して、叱責されたところでした。
無学者につきご容赦。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/GNC/gnc2.html#00010

まあ広辞苑なんか見ても、どーみても哲学用語と日常語の違いでしかない感じだ
けどね。でも遙さんの『東大で〜』の本文は「直観」なんで、これは明らかに誤
植につき訂正します。

ふだんは人に指摘されないかぎり気づかない私だが、今回気づいたのは、直感が
らみで、明石散人(いわゆる明石先生)の「直感」(こっちはこの直感ね)につ
いてのハナシを御紹介しようと思ったからなのでした。ちょっと前に明石先生の
『視えずの魚』(講談社ノベルス版)を図書館で借りて読んだんだけど、そこに
出てくるハナシ。

人間は何か物事を確認するときに五つの方法を使う、一つは見ること、次に聞く
こと、そして触ること、だけど後の2つはなーんだ?ってクイズ。最初の三つが
もう決まってるってとこが明石先生らしくもズルいんだけど(つまりその三つを
認めた時点で彼の術中におちてる)、その次が「直感」だっていうんだわ。で、
直感とはなんぞやという明石先生の講義によると、直感というのは「経験にもと
づく推論」だっていうのね。直感そのものは「モワ」であって(笑)、なんらハ
ッキリしてない。上野先生の言い方を借りれば「分節化される以前の論理」だ。
しかしいかに「モワ」としたものであっても、それはあくまで「経験に基づいて
る」んだってのが明石先生の談。経験通りではない(上野的に言えば「経験知」
そのものではない)が、経験に基づいて新たな知識を創出するがごときもの(上
野的に言えば「自由という構想力によって」ってことか)だという。この前思い
ついたけど、以前紹介した山本哲士さんの言い方をもじれば、直感的な知は「経
験において/経験に対して」産出される(ヘッドライン29号参照)。

しかし明石先生によれば、それはいくら創造的であっても、よーするにワカルこ
と(つまり当たり前の能力)だっていうんだね。そこで五つ目は何だっていうと
「気配」だっていうんだね。気配とはなんぞや?というと、「全宇宙の外側の風
景」から視ることだっていうのだ。外側を、ではなくて、外側から、というとこ
ろがミソなんだけど、つまり、それはこの宇宙の事象の一切をヨリドコロとせず
して、まったく経験しえないような外側から、知る方法だとされてるわけだ、…
しかし一体、あるコトを「気配」によって悟ったときに、それが「直感」(経験
に基づくもの)ではないと、いったい誰が断言できるのか…。山師(失敬!ぜー
んぜん悪気はないのよ)明石先生の真骨頂というところでしょうか。確証はでき
ないとしても、「気配」なるもののアンテナを研ぎ澄まして生きたい、と私は思
うから。このことは私的には「シンクロニシティについて」で書いたことが、そ
れに当たるかもね。
○いわゆるひとつのシンクロニシティ
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas00.html#Syn

追記:明石散人といえばずーっと以前に『鳥玄坊ゼロから零へ』(これも講談社
ノベルス)を紹介しました(ヘッドライン2号参照)が、これもよーやく、この
『視えずの魚』と一緒に借りて読んだのだ。この『ゼロから零へ』は紹介したと
たんに、この走り書きを読んでくれた方からさっそくに「つまらん」と報告いた
だいてたので、それっきり読んでなかったのだ(自分で紹介しといてゴメンね〜
)。で、今回読んでみて、なるほど、これ読むほどのものではない…って感じ(
京極堂の推薦文もなんのそのっつーか…)。『鳥玄坊』シリーズは第二作の『時
間の裏側』、これに尽きるって感じですねー。そー言えば、この『ゼロから零へ
』の報告をしてくれたのは…。
○『時間の裏側』については書評あり
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas22.html#0111

ところで!、ハナシ変わって、なんか忙しいのにMLだなんだと言ってますが、
MLってのは結構メールが増えてくると煩雑になってヤになるというところがあ
る(いまのとこそーいう事態になるケハイすらないけど)。ワシもMLそのもの
をやりたいのではなくて、MLと共有フォルダを使ってグループで情報共有、情
報交換ということをやりたいわけだった。そこで先走りですが、MLを補助する
掲示板も設置してみました。こっちは当たり前ですが、誰でも見られるようにな
ってます。何かことのついでだからアレやりたい!などというアイデアがある方
は、こっちにぜひ書き込んでやってくださいまし。
http://www63.tcup.com/6328/hirumas.html

■00.3.30
ちょっとたまたま居酒屋で呑んでたら夢占いは当たるか?という話が出たんだけ
ど、これがなんとも偶然にも上の「直感と気配」の話とつながって面白い。たと
えば、ある夢が予知ないし予言的に当たったとして、その人は「当てる」ことが
可能になるようななんらかの情報を無意識的に「知って」いたのではないか?と
いうことが考えられる。とすればこの場合、夢とは、経験に基づく「直感」その
ものじゃーないですか? ただしそれはあくまで「モワ」である上に、夢という
特殊な論理によってできているので、普通は解読できない。それを分かりやすい
論理に解読してくれるのが「夢占い」だということになる。ただしここでは夢占
いの言語体系(何の夢であれば、何だという「対応表」)が本当に「当たってる
」かどーかはさておいて(不問にして)って話ですけどね。考え方の枠組みとし
て、そー考えると面白いのではないかってことです。そーするとたいていの夢と
いうものは「他愛のない」もので、百のうち一くらいがそういう「直感」的な夢
があるんでしょう。しかし、さらにそーすると、その百のうちイッコくらいに、
まったく経験的な情報に基づかない「気配」による夢があってもおかしくない…
って気もしてきますが、どーなんでしょうか(ま、なんの根拠もありませんけど
ね)。こう言ってみると、やはり「気配」ってのは、シンクロニシティを別な側
面から(内側から)表現したもの、という感じですかね〜。

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 ■おしらせ
 『オムレット〜心のカガクを探検する』(心の科学研究会G.N.C./ひるます著)
 の詳しい内容は下記URLに掲載しております。ぜひご覧ください。
 http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html
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 発行者:堀込広明  (C) HIRUMAS 2000
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