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■ ■■ ■ HIRUMAS HEADLINE WEEKLY
■■■■■■ 週刊ひるますヘッドライン
■ ■■ ■                第6号 99.7.29-99.8.4
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 ひるますヘッドラインは、ひるますHP冒頭のコラムを一週間分まとめたもの
 です。HP更新情報、マンガ製作日誌、人文系書籍の情報、身辺雑記などです。
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■今週の主な内容
優柔不断術/中坊さんの「公の精神」/小谷野敦『夏目漱石を江戸から読む』/
見沢知廉『天皇ごっこ』の文庫版あとがき(宮台真司)/中井久夫「君側の奸コ
ンプレックス」

■99.7.29
前号で書いたように、しばらく「ウェブマガジン」の方が更新できないかもしれ
ないので、その前に…と思って前に書いた「愛について」を改稿しときました。
「小脳論」での愛についての考えを引用してます(すっかりハマってますね〜)。
結局こーやってズルズルと更新は続くのかもしれない…。優柔不断である。
愛について
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumas30.html#0724

追記:優柔不断といえば、源平さんの『優柔不断術』というのが出てるけど、私
はこの広告を見てアタマにきた。というのもすぐる10年以上前、私は源平さん
の『優柔不断読本』というのを買ったのだ。自分の優柔不断が少しは癒されるか
と思ったのだ。ところがこの本、タイトルの「優柔不断」についてはちょっとし
か書いてなくて、がっかりしたのだ(普通のエッセイ集)。そして月日は流れ、
源平さんの『老人力』のヒットに目をつけた編集者が、「老人力は老人力という
ワンテーマにしぼったのがヨカッタ。優柔不断もワンテーマでいけばヒットする
かも…」と考え、今回の『優柔不断術』が企画されたのだろう。ああくやしい。

■99.7.30
コミック&イラストのコーナーを若干更新しました。といってもたいして変わり
ばえしてませんが、姑息な手段でなんとなく作品が増えたよーに見えるようにし
ました。ついでなので、私の「デザイン」を紹介するコーナーも作りました。こ
れは単に「生業」の御紹介ですね。
コミック&イラストのコーナー
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi.html

■99.7.31
トップページを暑中見舞いバージョンに変えました。ついでにReadMe!と
いうランキングへの参加をやめました。どうも最近ReadMe!のサーバの具
合がよくなくて、うまくアクセス数をチェックできないのだ。べつにランキング
を競ってるわけでもないし、まーいいや、と思ってやめたわけですが、そもそも
アクセス数確認のためにこういうところに負荷をかけるというのもバカバカしい
話なのではあった。というわけで、自前でカウンターをつけることにします(や
ってみたけどうまく動かないので、そのうち…)。

■走り書き 99.8.1
いたるところで中坊さんが出てて、お別れのコトバを語ってますが、この日朝の
「報道2001」でのおコトバが面白かった。ようするに不良債権の回収におい
て、公平であること、透明性があること、血も涙もない回収はしないこと、とい
う3本の柱を実行したのだが、それは「自分の特別な主義主張」でやったのでは
なく、単に「法の精神」を実行したにすぎない、というのだ。言わずもがなだが
ここで言う「法の精神」は、単なる「法治主義」ということではない。カンジン
なのは、その「精神」にある。単に「法」治主義で言うなら、「血も涙もない回
収(つまり杓子定規な官僚的裁定)」をしてもいい、ということになる。中坊さ
んはそうでないというのだから、その内実は「公の精神」ということだろう。実
際、中坊さんはいろんなところで「パブリックがダイジ」と言ってる。

それはともかく、中坊さんのコトバが画期的なのは、この「〜実行したにすぎな
い」という言い方だ。つまりいろいろな「公」に関する議論の中で、日本には「
公」がない、とか、この「公」をこれから作っていかねばならない、という言い
方がなされるけれども、実行しようと(本気で)思えば、「それ」をヨリドコロ
として「公の精神」を実現しうるだけの法的なアイテムはそろっているのだって
ことでしょう。中坊さんが「実行したにすぎない」ならば、「公がない」と言っ
てる人は(私も含めて)単に「実行してないにすぎない」のでもあるということ
だ。私が伊丹堂に「法は精神を表明している」と言わせたことのイミもそこにあ
る(「バーチャル伊丹堂」)。

このあとたまたま図書館で小谷野敦さんの旧作『夏目漱石を江戸から読む』(中
公新書)を読んだのだが、これまたメチャクチャ面白い。漱石の『こころ』『そ
れから』のどこに感動したらいいのか分からん!という素朴な疑問から始めて、
江戸歌舞伎・読み本などの「文学的記憶」からの連続性の中で、漱石を読み直す
傑作。というと「公式」的だが、ようするに「文学的記憶」といっても、江戸時
代からべったりと続いている日本人の「レンアイ観」が漱石を通じて明らかにな
っていくということか。まさに『もてない男』はここから生まれるべくして生ま
れたって感じ。

このレンアイという主題とは直接関係ないが、「坊つちやん」についての論考が
冒頭に載っていて、これもケッサク。「公平さ、スジを通す」ということにとり
つかれた奇妙な人、としての「坊つちやん」。共同体的な原理がハバをきかす社
会でいくら「公平、公平」と言っても、それは地に足がついてないから、空論に
なってしまう。「坊つちやん」が歳をとって(大人的融通も身につけ)、社会も
様変わりし、ようやく足場が出来たとき、彼は、中「坊」「公平」となって再臨
したのだ、ということにしておこうか。

この本はいろいろと言及したいところが多いので、いずれウェブマガジンの方で
…(例によっていつのことか分からんけど)。

■99.8.2
雑誌見てびっくり…。シャロン・ストーン主演『グロリア』。もー、やめてくれ
よ〜って感じ。『グロリア』はジョン・カサベテス監督、ジーナ・ローランズ主
演の女ハードボイルド映画の最高傑作。そのリメイクが、これなんだと。昔のグ
ロリア、たぶん80年ころの映画だと思うけど、私、これ劇場で2回、TVの吹
き替えで数回、すべて涙ボロボロで見たのです(アホか…)。

■99.8.3
小谷野さんの本(『夏目漱石を江戸から読む』)に、信義とか倫理とかは「男性
結社」すなわちホモソーシャルな関係が起源になっているという話が出てくる。
女性はそういうサークルからは排除されているわけだから、そもそも女が「裏切
った」とか「信義にもとる」とか言うような言い方は無意味ってことですね。こ
の「男性結社」については私も「でぃーぷ・ひるます」の「シンジ君の謎」で、
「男性サークル」うんぬんと書いたけど、それが「倫理」的な表現?、あるいは
それが成り立つための場としての「公的な空間」の起源となっている、というの
はその時は考えてなかった。これが面白い、というのは、もちろん女性差別で言
ってるのではなくて、「公」的なものといっても、しょせんそんなもんという「
見切り」も必要ってこと、あるいはもっと言えば、「ぜんぜん別なカタチでの倫
理的な世界ってのがありえた」ってことですね。
でぃーぷ・ひるます
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/deep.html

小谷野さんの本はあと『<男の恋>の文学史』(朝日選書)ってのを借りたけど
これも面白い。図書館へは、今書いているマンガの資料集めに行ってるんだけど
ついついこういうふうに脱線してしまうのだ。ところが、それが妙なところで本
題につながってくるから面白い。本題というのは、ずーっと前から予告している
ひるます版『バラの名前』のことなんだけど、なかなか進んでないのだ。構想だ
けは爆発的に広がり、ヨーロッパ版『もののけ姫』、さらには『スターウオーズ
』九部作にまでなりそうなイキオイではあります…(言ってて空しいけど)。
マンガの予告は
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi11.html

■99.8.4
いや〜、いいですねぇ、宮台真司。この前紹介した『天皇ごっこ』(見沢知廉)
の文庫版あとがき、ようやく読んだのだ。新潮文庫です。

何がいいって、もう正直なのよ。といっても戦略的に、というかパフォーマンス
的に正直なだけだろーけど、とにかく文面は正直だ。ようするに問題は「新たな
公共性」をつくり出さなくてはならないってことなんだけど、あまりに政治的無
関心が進みすぎていて、官僚の私する国家が作られてしまい、それに対抗できな
い。対抗策として宮台氏は「自己決定による試行錯誤を支援する教育」を提唱す
る。宮台理論ではこの試行錯誤によって「自己の尊厳」が蓄積されて、それが結
果として「公共性」への関わりへの基盤となる、という。これは『オムレット』
における第5章、自律性の獲得が、社会全体への考慮(つまり公共の福祉を考え
るということ)の基盤となる、ということと一致する。

しかしこの「教育」(によるリベラルな革命)が成果を上げるのには二十年かか
る、もう間に合わないんじゃないか?というわけで、宮台氏は、「天皇主義的」
に、一気に「君側の奸」(つまり国家を私する官僚)を排除することで、日本な
りの「公共性」をつくり出そうという潮流(小室直樹)に、誘惑されるというこ
とを「正直」に語っているのだ。

ここらへんになると私は考えが違うけど(というか宮台氏は「誘惑される」と言
ってるだけで、あくまでその潮流には敵対するとしているわけです)、つまり私
は、リベラルなカタチでの公権力の奪取が現に可能だと考えるということです。
その一つのモデルを示すのが「中坊」的なものでしょう。肝心なことは、「君側
の奸」排除による天皇主義的クーデターというのが、実際にはクーデターした後
社会をどうするかという具体的プログラムを持ってないという意味で空疎なもの
だということだ。

たまたまこの前とりあげた小谷野さんの『夏目漱石を江戸から読む』の「坊つち
やん」についてでも、「坊つちやん」が「公平(きんぴら)歌舞伎」の文学的記
憶の中にある、という話があるんだけど、この公平歌舞伎っていうのが、まさに
「君側の奸」を排除することによって、秩序を回復するっていうストーリーなの
ね。公平歌舞伎の公平と、坊ちゃんのこだわる「公平さ」がダジャレになってる
のでは?というのが小谷野さんの「発見」なんだけど、ようするに「君側の奸」
排除によって「一君万民」的に「公」(公平さ)をつくり出すなんてのは、実体
のない「物語」だってことがここからもわかる。

ちなみに、中井久夫氏は、日本人には「君側の奸コンプレックス」というものが
あって、こういうふうに「君側の奸」を倒せば世の中がよくなるのだ、という考
えが、たびたび歴史に登場してきているとしている(「昭和を送る」―「文化会
議」239号)。ようするにワンパターンなんだね。関係ないけど、中井氏はこ
の「昭和を送る」の中で非常に面白い「天皇主義」を披瀝している。これについ
てはまたいずれ。
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■お知らせ
『オムレット〜心のカガクを探検する』(心の科学研究会G.N.C./ひるます著)
は「心とは何か?」をテーマにした「思考する」マンガです。オムレットの詳し
い内容はこちらに掲載しております。ぜひご覧ください。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html

「バーチャル伊丹堂」は手動掲示板です。ぜひご参加ください。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/GNC/index.html

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