prev. | 第52号 01.1.5-01.1.19 | next

さて、遅くなってしまいましたが、本年、今世紀の第1号をお届けいたします。昨年後半より、ヘッドラインの発行がかなりのスローペースになっておりましたが、いろいろと多忙というか、手を広げすぎたようですので、世紀も改まったことですし、これを機にネット上のコンテンツを再構築したいと思ってます。そこでまず、このメルマガとウェブマガジン(臨場哲学)に分かれてたエッセイを統合しまして、メルマガ「臨場哲学通信」とさせていただきます。内容はこれまでどおりトップページコラムを編集したもので、変更ありませんが、これまでウェブマガジンまわしとしていたような長い文章の場合は、別冊としてメルマガで発行する場合もあります。ということで引き続きご愛読お願い申しあげます。

○これまでのウェブマガジン「臨場哲学」のバックナンバーはこちら。
 http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/WEBZIN/hirumasindex.html


■今週の主な内容
今年の抱負/中央公論2月号〜斎藤環他/風の塔通信〜松井孝典『10万年目の人間圏』

■今年の抱負(01.1.5)
今年の最初ということで、なに書こうかな〜などと思いつつ、去年のヘッドラインなんか見てると、去年は『オムレット2』を描くぞ〜というのを抱負にしてたんですが、まったく手もついてませんでしたね。振り返ってみると、去年はなんかたいしたデカイこともできなかった一年だったけど、前半は「選挙へ行こう」運動でのつながり、後半はカルチャーレビューへの投稿をはじめ、各種掲示板でいろいろな議論やバカ話の盛り上がりがあったりして、とにかく「外側」とのつながりが広がった一年ではありました。今年はまたそういった広がりを大事にしつつ、じっくりとイイものを作っていきたいと思ってます。やっぱね〜、その時その時に流されず、イイものを作っていけば、それでいいんじゃないかな〜ってのが、この正月に肝に銘じたコトではありますね。ってことで恒例の一首。

 身を捨てて コトに寄せれば悔みなし
 巡って福も ちょっとは来いよな
                   ひるます

う〜ん、なかなかに物欲しげなウタではありますな…。

追記:これって宮本武蔵の「我、事において後悔せず」から取ったんだけど、けっこう深いよな、この言葉は(武蔵がホントにそーいったかは確認してない。『空手バカ一代』でマス大山がいつも武蔵の言葉として引いてたんで…(笑))。「創造の核としての倫理」(斎藤環)は、誰彼といった他人や共同体、世間といったものに奉仕するのではなくて、「コトガラそのものへの奉仕」である、ということをワシもよく口にするが、そのようなコトガラそのものへ奉仕するとき、人はたとえ失敗したとしても、もはや後悔することはない、ということだもんなぁ。やはり武蔵はエラかった。ちなみにこの正月にテレビで武蔵のドラマやったらしいが、『バガボンド』がヒットしている折りも折りによくやるよな〜(ヒットしてるからむしろやったのか?よく分からんが)。

さらに追記:ウタといえば、早いもんで今年も成人の日。去年は成人の日にオムレットを…ってことで一首詠んだのだったが、覚えておいででしょうか…。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/HEAD/head26.html
…ってわけで、今年も成人の日の贈り物にぜひ『オムレット』一冊こうて、お贈りいただきたいものです(といってもこのメルマガが届く頃ではもう遅いか)。

■中央公論2月号(01.1.16)
あっと言う間にもう月半ばですかー。
すでにご存じと思いますが、中央公論2月号に森岡正博さんの「日本の「脳死」法は世界の最先端」が掲載されてます。これまでの「脳死」議論の前提がくつがえる?様々な情報が提出されているというレポートです。ラザロ徴候がどうのという話は、私の議論との関わりでいうと、例の論考での<(脳死の人にとって)そこに「なんらかの世界」が開けている可能性(世界があるのであって、ないのではないということ)を否定できない>という指摘を、ある意味で「目に見えるカタチで、訴えかけている」ということになるんだろうか?

移植法の議論はさらに「雑談掲示板」でするとして、中央公論のこの号、斎藤環さんの「ひきこもり論」(「「ひきこもり」の比較文化論」)や松井孝典さんの「地球学的人間論」(についての連続対談)などがあって、お買い得です。

斎藤さんの「ひきこもり論」は、個人の自立ということに関して「甘えの大切さ」を提起していて面白い。去勢(断念、あきらめること)と甘えは一対になっていて、どっちが欠けていてもダメで、それがうまく行ったときに上手に人は「自立」していくことができる、という論。オレとしては、毎度我田引水で申し訳ないが、『オムレット』第5章の自立をめぐる話(「成長のスタッカート」)で、オレは「世界に対する基本的信頼感」と「断念」を自立への要件として示しておいたけど、それってこの「甘え−去勢」の構造と同じことだったんだなぁ…などと愚にも付かぬことを思った。

というのは、土居健郎の「甘え」を再評価しようというのは、すでに小室直樹さんもその教育論で言ってました(『歴史に観る日本の行く末』)。「甘え」というのは、通常の意味とは異なって「相手に対する同一化」という定義的な意味だというんですね。たとえば自分が何かを志す、というときに、それをすでに成し遂げている「先生」に同一化しようとする。そういうのが「甘え」だという。それを踏まえて、オレ的にいう「世界に対する基本的信頼感」は、世界に対する同一化(世界をよそよそしいものではなく、わが事のごとくに感ずること)と同じだ、と言えるわけ。

でもそうすると、そういう意味での「甘え」って、ある意味、「普遍的な」人間的な事実なんであって、なんら「日本」的な特殊なものではない。そこらへん、斎藤さんの日本論(個人と社会の対立が成立せず、個人と身内という問題になるなど)は、オレたちで言うと「世間論」という領域の問題になるのか。それにしても、世間論というレベルでの「甘え」概念の適用は非常に面白く、ぜひとも「甘えと世間」なんてタイトルで「世間学界」に発表してほしいものだ。

松井さんの「地球学的人間論」は、たまたま(このHPでは何度か紹介している)于論茶さんに、松井さんの『10万年目の人間圏』(WAC)を紹介していただいたところだったので、あまりのタイミングにびっくり。この本については次項で。

追記:それにしても「成長のスタッカート」とは我ながらほれぼれするようなタイトルですね〜(またまた自画自賛…)。スタッカートとは、一音符一音符を「切り離して演奏すること」すなわち「断奏」って意味なので、「断念=去勢=切り離すこと」に引っかけてるのだということに誰が気づいたであろうか…。な〜んて、実は自分でもぜんぜん意識してなかったのだが、こーして後から考えるとハマっているのが面白い。「虚勢」というと何か人生で一回限りの転換点って感じがしないでもないが、むしろ人生においては「甘え―虚勢」という対が、くりかえし繰り返し少しずつ続いて行くのではないか、そんな中で、ゆっくりと人は成熟していくのだな…、などということも「スタッカート」というコトバからはイメージが湧いてくる。そういう成長の中で、斎藤さんが最後に「予告」している「コミュニケーション」の能力も高められていくのかもしれない(そういえばやはり精神科医にして国会議員となられた水島広子さんは、その教育・社会論で「コミュニケーション能力を高める」ってことの大事さを強調してますね〜)。
 ちなみに予告ばかりで実体のない『オムレット2』ですが、すでに「目次−見出し」だけは出来てて、これがまたまた超ケッサクなタイトルがズラ〜っと並んでます(タイトルだけで終わったりしてな…)。ご期待くださいませ。

■風の塔通信(01.1.18)
昨年10月に日の出の森のトラスト共有地が「強制収用」されましたが、私としてはこの問題、ぜんぜん準備もできてなくてコメントもしてませんでした。今回このゴミ処分場建設への反対運動に関わってきた下村誠さんの依頼により、この問題についての特設ページ「風の塔通信」を作成しました。
○下村誠ホームページ
 http://page.freett.com/nattyrec/index.html

この運動に関わってきた人たちのエッセイの他、この運動に関わる中から生まれた下村さんの作品「翼は傷つかない」と「森の魂・風の塔」をリアルプレーヤーで試聴できます。ぜひアクセスしてください。

それにしてもたまたま松井孝典さんの『10万年目の人間圏』を読んでたところで、タイムリーという感じ。この本、これまでの「地球にやさしく」という欺瞞的標語に満ちた環境ジャーナリズムを批判し、環境問題を(本来人間を必要としない)地球システムと、(地球システムに依存しつつそれを一方的に消費している)「人間圏」の関係として捉え、その関係がどうあるべきか(はっきり言えば人間圏という人間の世界のシステムをどう変えていくべきなのか)、といういわば「公」の思想を語ってます。松井さん自身はそれを「レンタルの思想」と呼んでます。これはどっからか思想をレンタルしてきたってんじゃなくて(笑)、地球システムを人間はレンタルして生きているのだ、あるいはもっとそのことを(社会全体として)自覚しなくてはならぬ、ということを主張するもの。このメルマガ読者の皆さんなら、この思想、ネイティブ・モンゴロイドの文化(「臨場哲学」33号)に非常に近いことに気づかれたかと思います。その典型的表現がアイヌの「妻は借り物」ですか(ヘッドライン21号)。それはともかく、これからの環境問題を考えていく中で、ひとつ力強い足場を築き上げているという感じを受けました。

追記:あとで思ったが、オレはネイティブ・モンゴロイドの文化のとこで、この
考え方は「小脳論」に一致するということを書いてたわけだけど、ってことは「小脳論」は「レンタルの思想」にも一致するってことに、論理的にはなる。たしかに、バランスを大事にするというところや、経済は縮小して行かざるを得ないという認識は一致している(ってことは、「小脳」ってのは自分が地球システムの中に存在していることを自覚している器官だってことになるのかな?)。小脳論は「貨幣」の問題も卓見があるので、そのへん今回の中公の経済学者・岩井克人氏との対談と併せて読んでいただくと、さらに刺激的なんじゃないかと思う。
●ひるますの単行本『オムレット〜心のカガクを探検する』
 http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html

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