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女: |
こんにちわ〜。 |
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珠緒: |
こんにちわ…って、男の声だけど、ひょっとして…。
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女: |
オカマって言いたいわけ? |
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珠緒: |
いえそんなことは…伊丹堂さんなら留守ですけど。
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女: |
別にいいけどね、カマわぬ、なんちて(笑)。あ、僕、「まひる」ね、比留間まひる。よろしく。
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珠緒: |
ひるま?、肥留間氏の親戚か何か? |
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まひる: |
別に…っていうか本名じゃないし(笑)。ちなみに僕は本探しに来ただけですケド。
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珠緒: |
あ、そうですか。どうぞ見てってくださいって、私、別に店番じゃないんだけど…。 |
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まひる: |
ほんとヤル気のない女ね〜。そんなコトだから、珠緒が出て来てからメルマガ面白くなくなったとか購読解除が増えるとかそ〜いうことになるのよ(笑)。 |
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珠緒: |
は?何か…。 |
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まひる: |
こっちの話。ところで最近、なんか面白い本あった?
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珠緒: |
本ですか?、それが全然ないんですよね…。本屋さんも図書館もけっこう覗いてるんですけど、…。な〜んか興味わかなくて。
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まひる: |
若いのにしょ〜もないなぁ。哲学とか人文とかのコーナーばっか見てるんじゃないの?
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珠緒: |
まあそうですね…。
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まひる: |
あはははっ、だってそこらへんの話って、伊丹堂の話の方がよっぽど面白いっていうか、本質突いてるでしょ。興味わかないっていうか、ばかばかしくなって当然よね。
だいたい大澤真幸から始まって、中沢新一、宮台、柄谷、竹田青嗣まで総ナメしたら、後だれがいるわけよ。 |
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珠緒: |
…そ、それは…(って獏迦瀬か私は?!)。
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まひる: |
もおちょっと文学とかさ、ロマンあふれる文化が身に着く本読まなくちゃ。
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珠緒: |
…たとえば。
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まひる: |
たとえばって、いくらでもあるんだけどさ、美輪明宏様の本とか参考にしたら?最近読んだ『愛の話幸福の話』なんて、よかったよ。だいたい貴方、美についてとか語っちゃったりしてるんでしょ?、もおちょっと実践しなきゃ。そんなつまんなそうな顔して、美的に生きてるっていえるの?! |
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珠緒: |
すいません…。さいきん卒論とか就職のこととかでちょっとあくせくしすぎてたかもしれません…。
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まひる: |
ふうん、っていうか自分が何したいか分かってないんじゃないの?「宿命」がないっていうか。
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珠緒: |
がーん。…そういえば宿命との遭遇なんて話をひるます氏がしてたりしましたね(臨場哲学31号など)。
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まひる: |
よ〜するに伊丹堂とかひるます氏にとっては、哲学とか思想ってのが「宿命」なんだろうけど、貴方はそれを傍から面白がってるだけでしょ。自分でそれをやりとげようなんて思わないわけよね。でも、何かに恋こがれるほどにぶつかっていかなきゃ、宿命なんて見つけられないんだからね。命短し恋セヨ乙女、よ。
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珠緒: |
恋ですか…。恋するほどのものであれば、それが宿命ってことでしょうか。
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まひる: |
バカねぇ〜、恋なんてとっかかりでしかないじゃん。人間なんていくらでもやみくもに恋するもんでしょ。だから恋する惑星なんて…それはどうでもいいけど、そうやって恋する中であ〜でもないこ〜でもないっていって、そん中から洗練されたものを見つけていく、それが宿命への道ってことよ。ま、美輪サマの受け売りだけど(笑)。
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珠緒: |
恋はやみくも…か。
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まひる: |
そ、哲学者って、「恋」そのものを、何か美とか至高性を求める心の動きと捉えたがるのよね、プラトンとか。でも恋ってのはありふれたものなわけで、その中で美を求める「道」に出会うこともあるってだけのことよね。逆に宿命とエンカウントしちゃった人は、もうそのコトに恋々とするってことはなくなって、サバサバとその道をこなしちゃったりするわけでしょ。
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珠緒: |
そう…なんですかね。
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まひる: |
そういうもんよ。宿命と出会うってことは、それを宿命として受け入れるって心から納得できるってことでしょ。だから、その道を進むのに、もはや恋っていうような欲情は必要もなくなっちゃうわけ。欲望からそのコトをなすのでもないし、そのコトを欲望達成の手段にするわけでもないってことね。
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珠緒: |
欲望達成の手段…、つまり金もうけの手段とか、名声を得る手段としてではない…まあたしかに。
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まひる: |
あと他人に承認されたいとかもね(笑)。ようするに「事柄そのものへの奉仕」ってのがそれよ。そこではむしろ事柄そのものの都合にあわせて、粛々と人はコトをなすってことになるわけ。というとまるであやつり人形かロボットみたいだけど、まあそれは言葉のアヤで、ようするにそういう「静かな」境地ってのがそこにはあるわけよ。
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珠緒: |
倫理みたいなものですかね〜、ようするに「そうしなくていいにもかかわらず、そうする」っいう伊丹堂さんのよく言う…。
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まひる: |
そ、宿命ってのは、矜持とウラハラなものなのよ〜。そのことに命をかけるぐらいの矜持がない人に宿命がど〜のという資格はないのよね。
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珠緒: |
逆に言えば、恋とか欲望は「そうしたいから、そうしてる」だけってことですか…。
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まひる: |
恋や欲望が「そうしたいから、そうしてる」っていうよりは、恋や欲望に基づく行為が「そうしたいから、そうする」ってことね。恋や欲望は人が「主体的に」そうする、なんてものじゃないでしょ。気がついたら恋してたってもんで、それは向こうからやってくる、到来するわけよ。
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珠緒: |
細かい話(笑)。山内志朗さんのいう「中動相的事態」ですね(臨場哲学72号「ハビトゥスの哲学」参照)。
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まひる: |
もっと細かい話をすると、恋と欲望はちょっと違う。というか、文脈が違う。「欲望」というのは「欠如−葛藤」と結びついた神経症的概念だよね。
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珠緒: |
伊丹堂さんが田辺哲学の時にそんな話をしてましたね〜。欲望は愛の対極にあるとか(笑)。ようするに自己中心的っていうか…、個人の内的な心のダイナミクス(力動)の問題ってことでしたね。 |
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まひる: |
恋も我が儘なんだけど(笑)、欲望が神経症的概念として「普通の人」と結びつくものだとすると、恋はそうじゃない。「普通の人」ならざる人、つまり人格障害者でも「恋」をするバアイがある(笑)。ってのは冗談だけど、捉えどころというか観点・文脈が違うわけで、恋ってのは、人が恋する・「恋着する」という特殊な感情状態を捉えるための概念よね。
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珠緒: |
ある意味では、恋ってのは、もっと原始的というか深層的というか、人間が人として主体化する以前の生物的なところでうごめいてるって感じですかね。 |
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まひる: |
ふふ。恋の対象は結果的には、美とか至高を求めるというような高度に文化的なものにつながったりするから、恋が生物的ってことじゃないんだけど、恋の駆動力ってのは、そういうとこにあるんでしょ〜ね。よ〜するにエロスよ。っていうか「エロス」って「恋」でしょ。エロいってのは、細胞レベルで一体化したいという感覚でしょ。そう意識(分節化)しているわけじゃなくても、そういうふうに体が感じちゃう、うっふん。
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珠緒: |
(オエ…)その場合の一体化ってのは、「欠如」から発する欲望とは違うんでしょうか。
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まひる: |
違うっていうか、関係ないんだって。欠如から発する欲望の場合はどうしたって、「承認」とか「理解」とかいう象徴的レベルでの共感とか共鳴を求めるわけでしょ。でも恋=エロスってのはそうじゃないわけよ。評論家の小浜逸郎さんが家族関係のような密接で一体化したような関係を「エロス的関係」という言い方をするんだけど、これは的を射た表現よ。
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珠緒: |
ふうん…逆にいえば、他者の承認を得たい、なんて言ってる人は単に神経症的なだけ…つまり普通の人ってことですけど…なわけですね。
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まひる: |
当たり前じゃん。恋もしてなきゃ宿命にも出会ってない。つまんない人よ(笑)。
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珠緒: |
はあ…話がそれましたけど、欠如から発するのでなければどうして、人はそういう恋=エロスというものに動かされるんでしょうか?
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まひる: |
なんて野暮な…まあいいけど。そんなの人が生きているから、としか言い様がないじゃん。あのさー、プラトンの中にアンドロギュノスの話って出てくるでしょ。
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珠緒: |
男と女は昔「おとこおんな」っていう一個のイキモノだったって話ですよね…、ぷっ。 |
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まひる: |
なに笑ってんのよ。
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珠緒: |
すいません。 |
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まひる: |
まあそういうイキモノだかバケモノだかが神の怒りをかって二つに引き裂かれた。それで昔を懐かしんで「おとこ」と「おんな」は引かれあうんだとか、そういう話なんだけど、これって今やナカナカ意味深なのよね。
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珠緒: |
はあ…? |
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まひる: |
細胞死の研究でアポトーシスとか以前話題になったじゃない。その研究でよく知られた田沼靖一さんが言ってたんだけど、生物の進化の中で、生物の個体というものが登場するのと生物の「性」が登場するのが、実は一緒だというのよ。つまり「性」というものがあってはじめて、生物はたんなる細胞の集まりが群れ集ってる状態から「個体」というものになった。あるいは「個体」になるということは必然的に「性」という属性を帯びることでもあった…っていう。ちなみに生物が個体になるってのがどういうことか分かる?
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珠緒: |
どういうことかって…。 |
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まひる: |
っていうのは、生物が個体としては「死ぬ」ってことでしょ。細胞が死んでは生まれっていうのをただ繰り返してる状態から、個体ってものが出来て、個体としては生物は死ぬけど、生殖して子孫を残すことで、全体としては生命としてつながっていくってことね。性を得ることによって個体は死ぬわけだから、性は生であるっていうダジャレが、実は洒落になってなかったってことになるわけなんだけど(笑)。
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珠緒: |
へえ〜。面白いですね。 |
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まひる: |
考えてみれば当たり前なんだけど。アンドロギュノスが「男と女」に引き裂かれて求め会うようになったってのとど相似形でしょ。「オスとメス」というものがつくり出されてはじめて個体ってものが出来た。個体というものはウラハラに求め会うもの、全体としての生命につながっていくものだってことでしょ。
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珠緒: |
それはオスとメスが求めあうという本能を越えたものなんでしょうね〜、つながろうとする内側からの力っていうか?。
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まひる: |
しかも人間は本能が壊れているからね(笑)。異性と一体化しようという本能が、なんにでも一体化しようとしてしまう恋の暴走になっちゃってるわけね。恋はやみくも…ってのはそのことよ。フロイトのいう多形倒錯ね。いずれにしても個体としての生命と恋=エロスはウラハラのものと考えれば、なぜに?という答にはなるでしょ。お話としては、だけど。
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珠緒: |
「個体としての生命」ね…伊丹堂さんたちがよく使ってますけど、個体が他者や他の生命を配慮するというのも、個体が発生してきた機構とウラハラのものだってことなんですかね〜。
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まひる: |
ま、人の場合は恋したり愛したり平和を願ったりもするけど、人も殺すからね。個体が恋=エロスに突き動かされるものだとは言っても、そういうものでもあるけど、そうじゃないときもあるってくらいのことなのよね。つまり一生恋などしない人がいてもおかしくはない…、人生イロイロってことよね。
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珠緒: |
人生イロイロ…まひるさんと話してると、なんかすごいリアリティあるわ…。
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まひる: |
なに言ってんの? |
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珠緒: |
いや、なんでも…よ〜するに恋=エロスというのは、個体とウラハラなものだけど、必ず個体がそれに突き動かされてるわけでもない…つまり本質をなすものではないってことでしょうか。
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まひる: |
そ〜いうこと…っていうか、恋=エロスってのは、個体にとっては「運命」なのよ。運命ってのは、うまく行くときもあれば行かないときもあるってコトね。恋する人もいればしない人もいるし、いいコトに巡り会う人もいれば、失敗ばっかの人もいる…そういうことでしょ。 |
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珠緒: |
運命…なるほどね。運命にもまれながら、宿命を見つけるのが生きるってことなんですね。
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まひる: |
まあね…でもそんなリクツ、ど〜でもいいから、とっとと恋しなきゃダメよ(笑)。 |
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珠緒: |
は〜い。…っていうか、しゃべってるウチに私にもいろいろ恋のタネみたいなものはいっぱいあるかな、って気がしてきました。
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まひる: |
それじゃ、それを育てていくのよ!なんちて(笑) |