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愛って何なんだ〜〜?!


まひる: こんにちわ〜、あ、きょうは獏迦瀬くんが店番?
獏迦瀬: おおうっ! ひょっとしてまひるさんですか…。御会いしたいと思っとりましたです。
まひる: あ、そう? はじめまして。。
獏迦瀬: ずいぶん日があいちゃいましたけど、前回の「恋について」は参考になりましたです。
まひる: ふうん、そりゃよかったわね。君はとても恋する男にはみえませんけど…ね(笑)
獏迦瀬: は?なにか…? 恋はやみくも…というのはよくわかりました。それでこのところ愛ってのはなんなんだろう、と思うんですけどね…。
まひる: ふうん。私は愛だの恋だの、ど〜でもいいんだけどね。
獏迦瀬: え?!そうなんすか?、なんでもホームページで、恋の狂歌集をつくってらっしゃると聞いたのですケド。
まひる: ああ、まあね。正確にいえば、愛とか恋とか「について」語るのは、ど〜でもいいっつ〜かね? ようするにそれって「生きる」もんであってさ、語るもんじゃないってことヨ。
獏迦瀬: なるほどね。そう言えば、伊丹堂さんも「愛とは語りえぬもの」なんておっしゃってましたねぃ。。
まひる: そりゃまた意味が違う…。あれはあれで深いんよ。
獏迦瀬: 伊丹堂さんのいうのは、事柄そのものに立ち向かう精神っつ〜か、ようするに「倫理的」なものというか、「倫理のウラハラにあるのが愛」だって言ってたことですよね、…まひるさんが「宿命」っていってるのに近いんじゃないですか。
まひる: いや、だから僕のいってるのは美輪様のウケウリだって(笑)。無償の愛っつ〜のかね。
獏迦瀬: 無償の愛ってものこそが、ほんとうの愛なんでしょうか?
まひる: ほんとうの愛って言い方をすると、本当の愛なんてないんだっていう反論?がすぐに沸き起こってきそうだから、あんまり使わない方がいいんだけど、結局、愛ってことで、人が何を言いたいのか?ってことを、つきつめていけば、そういうことになると思うんよ。
獏迦瀬: 愛ってことで、何を言わんとしてるのか…?
まひる: つまり「恋」でも「好き」でも「Hしたい」でも「家族のキズナ」ってことでもなくて、特別に「愛」だって、いう場合に、なにを言わんとしているのか?って、いえば、そういうことになるってこと。
獏迦瀬: なるほどね、逆にいえば「愛」ってことの意味をはっきりさせておかないと、なに言ってるのか分からなくなる…。
まひる: そ、あくまで意味なんだよね。そういう愛が可能かどうか、なんてことは関係ない。関係ないというと、単なる理想とか絵に描いたモチの話に聞こえるかもしれないけど、そうじゃなくって、そういう愛ってのは、一般に不可能かもしれないし、そうしなくちゃならないわけでもない、でも、現にそうしてる人もいるってのも事実ってこと。
獏迦瀬: それも伊丹堂さんの倫理の話と重なってますよね。倫理は不可能であるにもかかわらず、なされている…というか。ようするに、愛とか倫理の「意味」と、単にそれができる人とできない人がいるという「事実」は分けて考えなきゃないってことになるんですかね…。
まひる: まあね。「愛することができない人」って言ったら、最近出た中島義道の『愛という試練』(紀伊国屋書店)だけど…。
獏迦瀬: そうそう、それ読んだのです。愛することができないという告白からはじまって、愛について考察してますが、愛というものの意味は多様であるとしながら、愛は人を支配するものとか暴力なのだとか、話がこんがらがってます。
まひる: まあ、哲学としてはクズみたいなものよね(笑)、愛の条件(定義)だっけ?、あれだってほとんど「恋」の定義といったほうがいいし。だいたい「愛されたい」という欲望と「愛する」ってことの意味の区別がまったくない…、まあ、愛することが出来ないっていう人だからしょうがないけど。
獏迦瀬: よ〜するにそういう自分の内面をトロしたかっただけのことなんでしょうね…。
まひる: そういう意味では貴重な本よね(笑)。ようするに「自然に湧いてくる情感によって人を愛せない」と中島は言ってるわけで、これって「人格障害者」ってことでしょ。
獏迦瀬: まさに…。
まひる: 人格障害者が自らの内面を綴ったもの=資料としては貴重なんじゃないの。僕たち人格障害者にとっては、当たり前でおもしろくもなんともないけど、一般の人(普通の人)にとっては、ある意味で衝撃的なんじゃないかなぁ。
獏迦瀬: 僕たちって…一緒にしないでくださいよ。伊丹堂さんとひるますくらいじゃないですか。このへんの話はNo64の「人格障害者たちの語らい」を読んでもらわないとよく分からないかもしれません…。
まひる: まあね(笑)。でもほんと、こういう「記録」って、まあネットなんかには腐るほどあるんだろうけど(笑)、活字になったものって、あとは「酒鬼薔薇調書」くらいでしょ。中島さんはある意味では酒鬼薔薇事件のときに、もっとも彼を「理解」したかもしれないんだけど、残念ながら、哲学者のフリして世の中ごまかしてたから、ダメだったのね〜。
獏迦瀬: 自然な情感から出てくるような「愛」がない人、つまり人格障害者でも愛は可能なんだってのが、No64での伊丹堂さんの話でしたね。
まひる: っていうか、そういう情愛とは違うもの、として「愛」の意味を定義している以上、それは論理的には当たり前のことよね。関係ないんだから(笑)。
獏迦瀬: そうなんですよね。自然な感情から沸き起こった「だけ」のものであれば、いわぱ「そうしたいから、してる」だけで、「そうしなくてもいいにもかかわらず、そうする」っていう意味での「倫理的」なものではないですからね。
まひる: 無償の愛だからね、ようするに自分の情感から発したような「欲望」の見返りは求めないわけヨ。そんなのありうるかど〜かは別の問題としてよ。つまり「愛」ってのは、そういう風に、実存(生き方)のあり方としては、倫理的なものなわけだけど、でもカンジンなことは、それはいわゆる「倫理」とは全然違うってことよね。
獏迦瀬: そりゃそうですよね…そこらへんは伊丹堂さんも語ってなかったところです。
まひる: しょうがないよ、ジャンルが違う(笑)。
獏迦瀬: そうすか…? 愛ってことの特殊性を考えると、たとえば世のため人のためのことを「人類愛」なんていいますけど、あれは単に「正義」ってことで済む話じゃないかと思います。別に「愛」ってことじゃなくていい、じゃ愛って何だってなるわけですよ。
まひる: 結局「目的」が違う。学問や思想は「真」を、倫理や政治は「善」を、芸術や暮らしは「美」を目的にしてるんだって話はいままであったけど、じゃ「愛」は何を目的にしてるのか?ってことよね。
獏迦瀬: はあ…、真善美というのは、いずれも「普遍性」を目指すものでしたがしかし、愛という以上、それはやはり特定の誰か、にかかわることなんじゃないでしょうか。
まひる: そう、特定の「誰か」との出会いによってはじめて、単なる情愛や「恋」ではなくて、「愛する」ってことが可能になるわけで、だからこそ「愛は宿命」なわけよね。
獏迦瀬: 相手があることだから、大変ですよね〜。
まひる: そ、学問でもアートでも、それがその人の関心事になるのはやっぱ「宿命」的なものがあるわけだけど、愛の場合は相手が「人」だってのがやっかいなのよね…。個別的に特定の人を愛しながら、その見返りはもとめない、そこに愛の苦悩ってやつがあるのよね…。
獏迦瀬: なんすか、いきなり独り言いってるみたいですが。
まひる: こっちの話ヨ。でね、その特定の人にかかわるってことだけど、その特定の人自身が「目的」ってわけでもないわけよ。
獏迦瀬: まあ、その人を「所有」しようということなら、愛というより単なるエゴイスティックな欲望でしょうね。
まひる: 「愛されたい」っていう欲望がたいがいそんなもんよね。で、「愛する」ってことはそれとは違う。その他人の何を目的にしてるか…?
獏迦瀬: まあ、その人を幸せにしたい…っていうんですかね。
まひる: あははっ!まさにそれよ!愛って「シアワセ」を求めてんのよ。
獏迦瀬: たしかにね…当たり前のような結論です。
まひる: 当たり前が大事なのよ。そういうふうに誰か相手の立場になって、その人自身の「幸せ」を考えられるってのが、愛するってことよ。
獏迦瀬: 愛の奴隷…ともいいますね。
まひる: いや、それも定義的には間違いで(笑)、正確には「恋の奴隷」というべきよね。愛ってのは、相手の立場に立つけど、それが相手の「幸せ」につながるかどうかを考えるのであって、相手のいいなりになるってことじゃないから。だからそれは、表面的には相手の考えに対立するバアイもあるわけで、そこが「現状の否定」としての倫理性でもあるわけよ。ちなみに中島は「愛は基本的に相手に逆らえない」といってるけど、これも単に「恋」というべきところよね。
獏迦瀬: なるほどね。ただ「相手の幸せ」を考えるといっても、自分勝手にそれを押し付けてるってことはありえますよね。倫理における「ひとりよがり」問題と同じで。
まひる: ありうるどころか、おおありでしょ(笑)。倫理問題どころの騒ぎじゃないっすよ。だから実際問題としては、現実世界に「愛」はないってことになるわけで…。無償の愛なんてのは、この世では美輪様くらいにしかできないことで我々凡人は必ず「相手の愛」をやっぱ求めてるのよね〜〜。
獏迦瀬: ですよね…。
まひる: でもさ、ど〜すれば「幸せ」か、なんてのは、未来の不確定なことなわけで、バクゼンと何々すれば、相手が幸せになる…って考えるよりも、自分が幸せにするんだっ!ってことの方がカンジンわけよ。
獏迦瀬: まあプロポーズのセリフはそんなもんすよね(笑)。
まひる: プロポーズにはそういう意味があったのよ(笑)。相手を幸せにしたいってことで、結びついて、その「幸せの場所」に自分もいる。それで自分も幸せになって、お互いに幸せにしあっていく。。。それが「家庭」ってことの意味なんだよね。
獏迦瀬: 家庭の幸せ、ですか。ドメスティックですね(笑)。そうなると収入がどうとか安定してるとかそういうことが絡んできますよね。
まひる: そんなの関係ないでしょ(笑)。金がいくらあってもHの回数が多くても不幸ってことはいっぱいあるのよ(笑)。ようするに幸せってのは、その人がどうやったら素敵に生きていけるか、その気力がわいてくるか、気分よく一緒にいられるかってことなんだから。だいたい人間って、そ〜いう風に生きてりゃ経済なんて後からついてくるもんよ。
獏迦瀬: そりゃ、理想ですが。
まひる: 理想っていうか、それが「ほんと」なんだって(笑)。どうやっても「幸せ」にならないんだったら、そこに「愛がないんだ」ってことなんだし、「愛せない」んだったら、別の生き方を考えるべきなんだよね。
獏迦瀬: う〜ん、シアワセが基準ってことですか、それも考えてみれば当たり前なんですが…。
まひる: 幸せをないがしろにしてるのよ(笑)。近代人は「愛があるか・ないか」なんてことばっか問題にしたがるんだけど、それは「幸せ」という「結果」からしか逆に見えてこないものなのよ。そ〜いう意味でも「愛は語りえない」んだけどね(笑)。
獏迦瀬: しかしそんなふうに「幸せ」な夫婦とか家庭ってあるんでしょうか。
まひる: あるでしょ。そういうのは、ひっそりと生きてるのよ(笑)。でもほんとは、そういう「幸せ」な家庭じゃなかったら、子どもなんてつくっちゃいけないのよ。不幸を再生産するだけだから。
獏迦瀬: それこそ理想でしょう。
まひる: まあね、そういう不幸な子もいなきゃ、世の中つまらない(笑)ともいえる。不幸な子も『オムレット』みたいないい本や伊丹堂の易断にめぐりあって、生きる気力がわきましたっ、なんてのも人生の機微ではあるわけよね。
獏迦瀬: そうですか…、僕も不幸な子だったのかなぁ。
まひる: ずはりあなたは今現在、「不幸」よ(冷笑)
獏迦瀬: うわ〜〜!!(獏迦瀬、壊れる)

●ひるますの単行本『オムレット〜心のカガクを探検する』
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