prev. | No.81(09.5.18) |

【特別再録】正義って何なんだ〜

「倫理って何なんだ〜」(カルチャーレビュー66号再録 )の続編です。


獏迦瀬: 前回「倫理」について語った際に、公共性と正義ってことが課題として残されましたが、まずは「公共性」って、何なんでしょうか。
伊丹堂: 公共性とは何かっていうより、こう考えた方が役立つってことを言っとくと、公共性ってのはアル種の関係概念と考えればいい。つまり個人とかワタクシに対しての公、閉鎖的な共同体に対しての公、というように「ヨリ開かれてある状態」という方向性を示す概念じゃな。前回問題にした「倫理」も、それが一人よがりにならないために「永続的に他者を配慮する」ってことじゃったが、それはそのまま「公的」なものをめがける運動だと言ってもいいわけじゃ。
獏迦瀬: 関係概念というと、公共性ってのは単なる理想だというようなニヒリズムみたいな気もしますが。
伊丹堂: いや、そうではない。たとえば「公とは国家である」なんて言い方をする輩がいるが、そういうのが実体的な捉え方だということじゃ。つまり国家が「公なのだから」何でもやっていい、そこのけそこのけ…となってしまうのが実体論理よ。そうではなくて「あれは公的だ」とか「この考えの方がヨリ公共的に開かれている」とか、思考や行動の結果に対する評価として「公共的」かどうかということがあるってことじゃな。
獏迦瀬: なるほど「可能性」というか、前回の言い方でいうと「共有を訴える」というカタチで公共性はあると。
伊丹堂: ある意味で「公」ってのはたしかに「空間的―実体的」な概念でもあって、「ここは公的な場所なんだから〜しなくてはならない」というような拘束性を意味するバアイもある。しかしそれはその「場」や機関などが、ヨリ開かれてあるべきだということを「社会的に合意されている」ということを意味していると捉えることができるわけじゃ。単純じゃが、これは「正義」ということを考える上でも重要な前提じゃよ。
獏迦瀬: そこで「正義」ですが、まさに同時多発テロに対する米国の報復戦争が始まり、あらためて「正義」とは何なのか?ってことが問題になっていると思います。やはりそこでは「正義」が根拠として使われていますが、実際には非常にひとりよがりな決めつけなんじゃないでしょうか。
伊丹堂: 時間もないんで具体的な問題はおいといて、「正義」ってもんをちょっとハッキリさせとこう。正義そのものはある意味で、前回の「倫理」の話でも話題にしたイデアとしての「真・善・美」と同じじゃな。つまり「それ」をヨリドコロにして初めてワシらが「なにが正しいか(正義か)」を考えうる基底的なヨリドコロなんじゃ。
獏迦瀬: …これも「善なるもの」がどっかに実体としてあるわけではないってことでしたよね。やはり問いかけとしてあるわけでしょう。でもそうすると「良さ」とか「正しさ」を求めるんであれば、「倫理」ということとあまり変わりない気もしますね。
伊丹堂: というよりここでは個人的な倫理ならざる「社会的な正義」ということを問題にしたいわけじゃろ。つまり「社会的に実行される倫理が<正義>だ」と言えばいっちょ上がりじゃが、その「社会的に」ということがナカナカのくせ者じゃな。
獏迦瀬: まあアイマイですよね。
伊丹堂: 第1にはその正義を標榜する行為が「社会そのもの」を対象にしているってことじゃろうな。
獏迦瀬: 社会への介入というか…。
伊丹堂: ようするに「政治」ってことじゃな。現代正義論の代表とも言えるロールズ哲学が「政治哲学」であるように、正義とは極めて政治的な概念なわけじゃ。別のところ(ひるますのサイトで配布中のデジタルコミック「民主主義で行こう!」の付録「政治って何なんだ〜」)で言ったように、人々がその都度その都度の目先のコトガラへ配慮してする行為の連鎖が全体としては調和して成り立っているような「社会システム」(世の中)に対して、それを「超越する」視点から介入する行為を一般的に「政治」と呼ぶ。
獏迦瀬: 政治とは正義を実行するもの、ということですか。
伊丹堂: いやそうではなくって、政治というのはそういうもの(介入する構造)だってこっちゃな。しかしそのような「政治」的な行為の中にあってなんらかの倫理的自覚をしているものが「正義」をめがける行為だということは言えるわけじゃ。そこで第2の問題として、その正義を行うのは誰かっちゅう問題がある。
獏迦瀬: これまでの流れから言えば、行為の主体もまた「政治的」だということになりますよね…。
伊丹堂: というか、とりあえず政治的な概念として考えた場合は、個人という主体は除外されるというこっちゃね。つまり行政の責任者として特定の政治家が判断するという場合もあるし、議会が多数決によって決定するということもあるし、あるいは政治システムが確定していない状況で不特定な集団の合議で決する場合もあるし、そのときに強力なリーダーがそれを決する場合もある。いずれにしてもそこには、単なる個人の判断ではなくて、その権力の執行を可能にする「合意」ってものが背景にあるわけじゃな。この合意によってはじめて「主体」が可能になっているわけじゃ。
獏迦瀬: 民主主義における「公共的合意」ってヤツですかね。
伊丹堂: いや、とりあえずそれとは関係がない。「社会的合意」って言った方がいいかな。つまりこれも一般的に政治という構造の問題なわけで…。
獏迦瀬: 倫理的にはニュートラルだと…。
伊丹堂: そ。民主制だからその判断が倫理的で専主制なら倫理的ではない、という問題ではない。とりあえず決断の主体はどのような体制であれ、なんらかの社会的合意によって形成されているという「構造」があり、その上で、その主体が決断し責任を引き受けるという「倫理」が可能になっている、ということヨ。
獏迦瀬: その主体が民主制においては国民の合意ということになるわけですね…。
伊丹堂: 結局、主体がなんであってもカンジンなことは、その決断のナカミってことよ。つまりそのナカミをいかに「ヨリ公共的なものに開いていくか」という自覚の中にしか正義の可能性ってのはないってことじゃな。一応触れとくと、国民の合意がダイジだというと、それはその社会の外部を「排除」することだからイカンというような批判があるが…。
獏迦瀬: 柄谷行人の『倫理21』にそういうところがありましたね。
伊丹堂: しかしそれはある社会的な決断のナカミが公共的かどうかということと、民主制においては国民の「合意」による権力執行が伴うというシステムの問題をごっちゃにした批判じゃな。権力は必ずしも公的であるわけではないが、正義の執行は合意による権力によるしかない。権力を否定する者は、実は正義を断念しているってことを自覚するべきじゃな。
獏迦瀬: その場合の権力は「国家」権力というものに限定されるわけではないわけですね…。
伊丹堂: たとえば民衆の蜂起のようなものも「権力」なワケよ。国家が「公」だから、国家権力が「公権力」だ、というのではなくて、ある権力が「公的」に開かれていると認められる限りにおいて、それを「公権力」と呼ぶってこっちゃな。
獏迦瀬: そうすると結局、どうしてそのように公的に開いていくような社会的合意が可能なのか?ということが問題になりますよね。というのも、ほんとうに公的なものを追求するということは、ある意味でその社会の価値観やその社会そのものに対する「否定」でありうるわけで…。
伊丹堂: それは「倫理」において、それが自分の不利益になる場合があるにもかかわらず、なぜに倫理的行為がなされるのか?ということと同じで、その人がそういう正義をなしうる(合意しうる)ような文化的環境の中で自分を錬成してきたから、としか言えんな。つまりハビトゥス(習慣)なんじゃよ。
獏迦瀬: でも国民の合意ということが主体になるとすると、国民の多くがそういうふうに錬成されていなくてはならないわけで、非常に難しいことなのでは…?
伊丹堂: わはは、だから実際難しいんじゃろ。政治的な正義なんてまったく実行されてないってのが、ワシらの実感ってもんじゃないの。しかし、考えてみれば、倫理ってのは「〜しなくていいにもかかわらず」なされるものだったわけで、正義だって実は、常に「そうしなくてもいい」という面がある。
獏迦瀬: そう言ってはミもフタもないような…。
伊丹堂: ま、そこそこに正義への自覚を持っている、というのが通常の国民的意識(民度)ってもんなんじゃが、むしろ問題は、国民がまったく倫理的ではないということではなくて、その倫理的決断(正義)がどうしてもひとりよがりになってしまう、ということにこそある。
獏迦瀬: まさに今回の報復戦争がそれですね。
伊丹堂: それに対しては、ようするにそれに気づいた人々が「ヨリ公的に開かれた方向」に向けて語りかけたり行動したりする以外ない。それをなさしめるのは、実は文化としての「リベラリズムの精神」ってものがあればこそ、なんじゃな。つまり自分の利益だけでもなく、身内の利益(国際協調という名の身内)だけでもなく、ヨリ外部へと関わっていく関係を配慮し、また現在や近い将来だけではなく遠い将来にまで及ぼす影響も考慮することによって、出来る限りお互いの自由と公平性を実現していこう、という精神じゃ。
獏迦瀬: う〜ん、しかしそういう「精神」も正しさの根拠ではなくて…。
伊丹堂: そう、あくまで人を自覚へと呼びかけるハビトゥスだということじゃな。いずれにしても正義というものは、ただそれが共鳴される可能性に向けて訴えられるプロセスとしてのみある、ということじゃ。

●ひるますの単行本『オムレット〜心のカガクを探検する』
 http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/COMIC/digicomi15.html
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