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Vol.1 (1996.1)

■新しい時代の知〜知の再編に向けて (1996.1)

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Vol.1

新しい時代の知〜知の再編に向けて

 知のパラダイム転換とかなんとかいわれて久しいけれど、実際この数年間の世界や個人的な体験などの大きな変化を通して、ふと気が付くと、やはり以前(といってもほんの数年前)とは、まっく違う「パラダイム」の上に自分がいるという感じはたしかにある。

 その違いっていうのは、何かというと「自分が生きて存在することの意味」を肯定しているかどうか、ということになるだろうか。いま「肯定」しているのは当然として、以前は肯定していなかったのかというと、そういうわけでもない。たしかに肯定はしていたんだけど、以前は「主観的なもの」であったのだけれど、いまや「客観的に」肯定しちゃわないと話が進まない、という感じをもっているといったらいいんだろうか。どうも話がややこしいけれど。

 「生きて存在することの価値」っていうのは、まあ法律的には「人権」とかいって認められているけど、ぺつにそれは生きている実感とは関係ない。実感を追求するとこんどはやたら「ブンガク的」にしかそれを表現できなかったりして。

 で、以前の「主観的な」肯定の仕方っていうのは、結局はブンガク的な価値の認め方だったんだと思う。それはそれで意味のあるで、どんなにその価値が客観的に認められたとしても(例えば神様がそれを保証してくれるとか)、やっぱりそれをいちど主観的に・内面的に肯定するという過程がなければ、その個人って生き生きしていないと思う。でも、それだけじゃもう駄目というか、それはそれとしてもう一方で客観的な肯定というのが必要だと思うのは、もうはっきりしてることは、はっきりさせたほうがいい、とでもいうか。それを「客観的な前提にして次のことを考え始めようよ」っていうか。生命に存在する意味があるって叫ぶこと--に意味を見出すんじゃなくて、それは客観的にもう意味があるんだから、その先で何をどう意味あるものにしていくかってことを考えようよ、っていうか。

 客観的な肯定っていうのは、必要だからつくろうっていうものじゃなくて、こう言うとヘンだけれども、全体的な雰囲気(無意識)の中で肯定されてきているもの、とでもいうか。そしていつのまにか全員がみとめたときに、それは「客観」になってしまうとでもいうか。それでこそパラダイムの転換なんであって、誰かが一人で言い出したり「証明」したり、ましてやどこかの宗教家が宣言したりして決定するわけではない。

 だから「知」の役割というのは、その無意識的な「肯定」をできるかぎり明確に「ことば」にして定着していくことではないだろうか。そういうのが「新しい時代の知」についての僕のイメージで、誰が正しくて誰が正しくないということではなくて、たぶんいろいろな表現の仕方はあるんだろうけど(それだけじゃ相対主義なんであって)、そんな中で明確に「肯定」に向かっている言葉はどれなのか?ということは、はっきりと振り分けられると思う。

 パラダイムの転換というのは、一つの分野で起こるのではなくて、当然一斉にいろんな分野で起きてくることだと思う。それはガクモンのパラダイム転換じゃなくて人間そのものの考え方の転換なんだから。だからそれはいろいろな(それぞれの人の出身や分野に応じて)表現で語られてくるわけで、過渡的にはしょうがない。いま政界再編がどうのといって混乱しているけど、それになぞらえて言えば「知の再編」っていうことになるのかもしれない。

 政界再編で思い出すのは「ビジョン」が見えない、とか言って騒いでるマスコミね。見えないとかいってないで、自分で示せばいいんだけど、マスコミは中立であるべきだとかいう「理由」を隠れ蓑にして相対主義を自分で広めているのね。それはさておいて、新しい知の特徴として、生命の意味を肯定する以上、それは積極的に「生命の目的」を語る「目的論」的なものになるだろう、ということだ。そういう意味で、新しい知の中でももっとも基盤となるのは「生命論」という領域だと思う。ただしこれは従来の生化学とか生物学とかいう「分野」のことじゃなくて、そういう局面というか側面というか、そういうものだと思う。というか、将来的にガクモンの「分野」というのはあまり意味がなくなって、みんな「人間が考えること」のどういう局面か?というわけ方で有機的につながっていくことじゃないかと思う。

 いま想像してみる「あたらしい知」のカタチは、哲学から生物学そして量子力学までを含めた「生命論」を機軸として、その「生命」が環境世界と出会う分野としての「エコロジー・技術論」、「生命」が内面に向かう分野としての「精神科学」、そして「生命」が集合的に作動する局面を考える「文明論」という四つの方向に描けるのではないかと思う。

 まあ大げさな話になってしまったが、こういう考え方を前提にして、いろいろと具体的に考えていきたいと思うのでよろしくお願いします。


生命論---- 生命論についてのブックガイドもあります。
また生命論については「ひるます」もマンガを描いてます。こっちも読んでいただけるとうれしい。(「肥留間氏の魔法の本」特別編ブックガイド

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