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Vol.11 (1997年5月)

■アジアの下心 97.5.30
■阿部謹也「「教養」とは何か」 97.5.25
■「クーロンズ・ゲート」序盤の序盤 97.5.25
■M・スコット・ペック「平気でうそをつく人たち」 97.5.21
■「責任」ってなんだ 97.5.13
■井沢元彦「逆説の日本史 5」 97.5.9
■柏木ハルコ「いぬ」 97.5.8

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Vol.11
アジアの下心  97.5.30

アジア風のファッションがはやっている。

そういえば私がはまっているクーロンズ・ゲートも、アジア・ゴシックと銘打たれていた。

香港の返還もひとつの大きな要素だが、それも含めて、音楽・ファッションなどの「世界同時性」、とくに「アジア的な圏域での同時性」ということはよく言われる。しかしそういうものの実体というのはよくわからない。いくらみんな海外旅行いってるって言ったって、アジア系のファッションしている奴が全員、アジアに行って来たわけではあるまい。

私はたんにアジア、特に香港・台湾経由のメディアの影響というか、模倣と引用だろう、と思っている。

それは映画を見ているとよくわかる。香港・台湾の一時の、ジャッキー・チェン、サモ・ハン、キョンシーに代表されるものとは全く異なる最近のファッショナブルかつ「クサイ」恋愛映画を見ると、それが「日本人が演じていてもぜんぜんおかしくない」くらい、日本人にそっくり(「恋する惑星」などは実際に日本人、金城武が演じていたが、私は中国人だと思ってみていた)なのに、絶対に日本人が同じことをやったらかっこわるいだろうな、と直感的に感じるのだ。逆にそれだけ、この手の映画は妙にかっこよい。

それはたぶん監督の腕前などにはよらない。かの地のオリエンタルな雰囲気によるものも多少あるかもしれないが、決定的ではない。それは前編おーる海外ロケの日本映画のつまらなさからわかる(そういう意味だけだが、香取慎吾の今回の映画の出来に興味がある)。ようするに決定的な要素は、それが「外人だ」ということにしかないのではないか。

つまりここには日本人のようでいて、日本人でないという意味で、リアリティを失った映像がある。それは単にフィクションだというだけでなく、実生活とは関係がないという意味で「虚構」だということだ。

日本人は日本人が演じるドラマをどこかでクサくて見ていられないと思っているのではないだろうか。それは実生活との強度な「関係性」からくるのだ。しかしそのドラマを外人が演じるならば、実生活との関連が切れ、逆に無関係だからこそ精神的には、共感し、没入し、享受する。日本人は自分たちの暮らしのリアリズムを「芸術」だと勘違いした日本映画にあきあきしていたのだ。だから、ハリウッドの映画ばっかり見ていたのだ。しかし、今やもっと自分たちにそっくりでかつ「虚構」であるアジア映画がやってきたというわけだ。そして人々はそのアジア映画という「虚構」のまねをし、「虚構」を演じる。そもそもファッションはバーチャルなものといってしまえば、それまでのことだが、ここにはもうひとつ、すでに他の場所に成立している「虚構」を演じるという二重の手続きが潜んでいる。

この構図は何かに似ていないだろうか。自分たちにそっくりな姿をしている「虚構」のまねをじぶんが演じるという構図。実はアニメそっくりなのだ。ようするにアジア映画(などメディアからの文化)の実体はアニメであり、アジア・ファッションは、「コスプレ」なのだ、というのが、私の結論だ。

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Vol.11
阿部謹也「「教養」とは何か」(講談社現代新書)  97.5.25

阿部謹也氏の「世間論」(前著「「世間」とは何か」にくわしい、らしい)によると、日本人は「世間」に依存して生きている(行動の規範や価値観が「世間」によって決定されている)から、出張などで海外に長くいると、その規範を忘れて、やったこともない「自由」な行動・反応をしてしまい、極端なことをしてしまったりして「あぶない」のだということが書かれていた。まるで青木大使のことではないか。大使だから「海外にいる」ことは、日常的なことで、「世間の中にいる」という状態であり、「人質にされて」はじめて「世間から離れた」という点が違うけれども。そして「極端な行動」が、単にチェーンスモークしただけなので、私などはたいしたことじゃないと思うのだが、それを解任にまで追い込むのが「日本の世間」というものだ、ということなのだろう。この件についてはすでにこちらに書いたので、まだごらんになってない方はどうぞ。

その青木大使だが、今日(5/25)のサンデープロジェクトに出演して元気な姿を見せていた。司会の田原氏もおおむね大使の行動に好意的なので安心したが、とすれば今後、青木大使を糾弾したマスコミの「責任」を問うていくという使命を果たしていただきたいものである。

大使の例では「世間」とは非常にネガティブなものという感じを受けるが、件の阿部謹也氏は、「世間」を「原社会とでもいうべき」「人間が織りなす関係の世界」として、ポジティブなものとして捉えているようだ。ただそれはいま現在の「世間」がそのままでいい、ということではなく、そのような元基(エレメント)的な関係にわれわれ「個人」がよって立っているということを自覚しつつ、現にある世間のありかたを対象化し(意識し)、変革していくことによっていいものにするということらしい。とすれば、僕なんかもよく考える「個と個のネットワーク」とか、「個がそこではじめて「意味」を実感できるものとしての公共性」というような考え方に近い(ようするに、普通には個人の自由と公共性は対立する概念のように考えられているが、実際は、「公」的な舞台を離れて、個人というものは実現し得ない、ということ)。しかしやはり「世間」というと「受動的」で、「変革できないもの」という感じがまとわりつくので、あえて「世間」という言葉を使う必要ってないんじゃないか、とも思う。「世間」はそれが無自覚的な場合に使い、自覚的に使う場合は「公共性」でいいんじゃないか、と思うのだが。

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Vol.11
「クーロンズ・ゲート」序盤の序盤  97.5.25

まだ序盤の序盤なのでなんなんだが、これは傑作だ!と言っておきたい。

まえに「Dの食卓」について、プレイヤーの視点から見たゲーム(モニターの画面がプレイヤーから見た視野になっていて、プレイヤー自身が演じるキャラクターは画面に登場しないゲーム、という意)はつまらない、と言うことを書いて酷評したが、この「クーロン」は同様なシステムながら、非常に面白いのだ。結局は作り方しだいで、面白くなると言えばそれまでだが、「Dの食卓」が想念の中の「城」といったどちらかといえば単調で、抽象的な舞台だったのに対して、「クーロン」が、さまざまな人間がうごめいている雑然としたというよりは猥雑な「街」を舞台にしているということが大きいだろう。街で出会う人のほとんどが「変な人」であり、その人たちとの会話、そして異様な街並みの風景(このゲームは香港に突如出現した「隠界の九龍城」が舞台になっている)と、飽きることのない大量の情報にプレイヤーはさらされることになる。移動中はまったく気づかないのに横をみると人がいて会話ができるようになっていたりする。こういうところは本当に街の中を捜索しつつ聞き込みをするという感覚を味あわせてくれる。

それだけに会話のシナリオも良くできていて、日本SF大賞でもあげたいくらいだ。じっさいここまで作り込んでくると「小説」なんて越えてしまっている。難があるとすれば、情報を得ようとして繰り返して会話を試みようとすると、まったく同じセリフを相手が繰り返すことがあるということだろう。こういう会話が重要なイベントのゲームでは、一度話しかけただけでは十分な情報を得られないことがある。だから何度も会話を試みるのがクセになっているわけだが、それに同じセリフを返されると(しかもご丁寧に音声までついていることもある)ちょっとばかり白けてしまう。「クロックタワー2」の場合も、同様に会話が重要だった(何回、話しかけたかでシナリオが変わるなどというのもあったくらいで)が、こちらは同じ人に話しかけてもう向こうが情報がないと「もう話すことはありません」などと答えるユーモアがあった。このへんは改良をしていただきたい。

あと「クーロン」にはこのような会話・情報収集以外に、「リアルタイムダンジョン」と呼ばれる「バトル」ゲームの部分があるのだが、これもまたプレイヤーの視点でありながら、強烈なスピード感でうごいたり視点を変更できるので、「D」のようなストレスはまったくなかった。このバトルはいわゆるシューティングではなく、「風水を利用したバトル」になっているのだが、「風水を利用したバトル」なんていうものがありうること自体、私は驚きと感動とヨロコビをかんじた。しかしこれはちょっとクリアするのがきつい。まだ序盤だが、これがえんえんと続くとなるとちょっと飽きがくるのではないか、心配ではある。

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Vol.11
M・スコット・ペック「平気でうそをつく人たち」(草思社) 97.5.21

分厚いがそんなに内容がないと言ってはいけないだろうか。というのもここで述べている人間の「邪悪性」を人格障害の一種としてとらえるという結論だけなら、そんなに分量はいらないはずだから。しかし、この一冊が無駄ではないのは、たぶん実例が心理療法(というかカウンセリング)の場面を通してえんえんと記述されていることだろう。この場面を読みながら、多くの人は(カウンセリングのなんたるかは知る必要もなく)「あっ、いるいるこういう奴!」という感じを受けるだろう。それがこの本が広く支持された(売れまくっている)理由だろう。類書に小此木啓吾氏の「困った人たちの精神分析」があるが、リアリティは(外国の例であるのに)こちらの「平気で〜」のほうが、圧倒的だ。それは会話を通して、相手のふてぶてしさ、言葉がつうじないもどかしさ(まさに邪悪な人には言語が通じない。相手がいいように解釈してしまうからだ)、そこから来るいらだち、殴りつけたくなるような怒り、そういったものをリアルに感じとることができるからだ。またそういう感じを受け取らせるような「邪悪な奴」「困った奴」に出会ったことがないという幸せな人がいるなら、この本を読むことで追体験することが出来るだろう。そういう貴重な本である。

それにしてもここで言われているのは、一般的に「悪」を精神医学の対象(つまり病気)としてとらえようというのではなく、あくまで「邪悪性」という一種の病的性格がある、というにすぎないようにも思える(実際それだけなんじゃないだろうか)。しかしものの本によれば、「人格障害」という規定自体、「自分が悩む変わりに周囲を悩ませる」人であり、「自分が傷つくくらいなら、平気で相手を攻撃する」人であったはずで、「平気でうそをつく」くらい当たり前だという気もする。

しかし重要なことは、ここにきて、こういった「人格障害」「困った人たち」「平気でうそをつく人たち」そして「アダルトチルドレン」「イイ子症候群(宗像恒次)」というような「人格」にまつわる「症状」に多くの人の関心が向かっているということであり、逆に言えばそういう症状を呈する人が増えているということだろう。それが「時代の病理」だとすると、「病気だから」ということで、分かりやすくはなるが、「病気なのだから」責任は問えないのではないか、という宮崎的な?疑問も出てくるだろう。ようするに「困った奴」が好き勝手に横行する滅茶苦茶な世の中ではないか。

それに対してこの本の著者は「無意識の真の姿を認識する人が多くなり」「それに対する責任をとりはじめている人もふえている」ことを今後の希望としてあげている。これは著者が「悪」を心理学的な問題としてとりあつかうことの危険を指摘する(科学に価値判断を持ち込むことになるから)声に対して語っていることだが、これは非常に価値ある発言だと思う。それはまさに価値判断であり、倫理という領域に入ってきてしまうのだが、今後われわれは自分の無意識内容というか、無意識に作り出してしまった自分、排除してしまった自分(多重人格など)についても、責任を引き受けるという態度をもつという方向に行かねばならない、ということだ。こういうことがコンセンサスを得るということは、それこそイマジンの世界かもしれないが、そうでなかったらわれわれがものごとを「知る」なんてことになんの意味もないということになりはしないだろうか?

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Vol.11
「責任」ってなんだ 97.5.13

菅 直人の雄姿をごらんになったか? 例の諌早湾で現地の担当者に(水門を)開けなさい!と迫ったシーンだ。テレビ的な報道ではこのいきさつはよく分からなかったのだが(たぶん報道する人がよく分かっていないのだろう)、水門を閉めたのは現地の人間の「判断」でやったというので、菅氏が「じゃ君の判断でいますぐここを開けなさい」と言ったら、「管理規制」があるからできない、ときたのだ。じゃその管理規制とやらの責任者は誰かと聞くと、その人はよく分からないらしく、別の代議士が「農林大臣だ」といったので、菅が「じゃ農林大臣が開けろといったら開けるのだな」とせまると、その担当者はなんかくちごもったようなあいまいな態度でその場をごまかしたのだった。

(話はそれるが、役人というのはよくこの「口ごもって」それから「黙り込んでしまう」という対応をテレビのインタビューなどでやっている。しかし一般の社会でこのような対応がありうる(許される)のだろうか。なにかの理由を明言してコメントを控えるというなら分かる。しかし、そうではなく、ただ口ごもって黙り込み、インタビュアーがなにかフォローをするのをまつのだ。こういうシーンはTBSだが、報道特集や日曜昼の「噂の東京マガジン」でよくお目にかかることができる。また日常的な場面では、高校生ぐらいまでは先生にしかられてこういう対応をする子というのがよくいた。しかし基本的には小学生レベルで克服すべき幼児的な態度だろう。大人とは自分がその場に存在して為したことについて「説明することができる人」のことだろう。まず役人を批判するに当たってこの精神の幼児性の問題からはじめるべきかもしれない。)

というわけで、問題は「責任」である。私がいいたいのはただひとつ。このようなまでに誰一人「責任」をとらない「日本という国」の中で「青木大使」の責任を問うとはいったい何のことなのかということだ。

責任という言葉の意味が分かっていないのか、あるいは自分というものと責任というものを結びつけて考えたことのない(子どもの)理屈でものを言っているのだろう。 あるいはここにあるのは、幼児性などではなく、アミニズム的な宗教かもしれない。つまり、事件によってケガレた青木大使を、ハライ・キヨメてしまえば、「平和」が回復するというような。

事件の責任は誰にあるかというTBSでのアンケートがそれを示している。青木大使に責任ありとするのが40パーセント以上、ペルー政府というのが50パーセント以上、だったと思う。バカじゃないのか? この数字が「事件を解決した功績は?」という問いへの答えなら分かる。事件を「起こした」責任を問うているのだ。答えは「テロリストにある」に決まっているではないか。これはほとんど冗談にしか聞こえない。それほどに、ものの考え方はネジまがっているのだ。

あるいはここにあるのはまたリアリティという感覚のマヒだろう。解決への功績や慰労をすっとばして「責任」に飛びついてくるこの思考の背後には、「この事件が解決したのがまるで自然現象であるかのような感覚」がある。テロが脅威であったということを忘れるほどに、非常にのんきな考え方なのだ。責任を問うというパフォーマンスの背後には、「この事件は強行突入しなくたって、時間が解決したはず」(いや、そうであってほしい)という無意識の欲望があるのではないか。要するに自分たちもまた結果的には強行突入に協力したという事実を打ち消してしまいたいのではないか。あるいはさらにバカなことだが、「世界にはテロなどない」ということにしたいのではないか。

青木大使に対する「責任」なるものの内実は(さまざまのゴシップは別として)「テロの対策が不十分だったのではないか」というものだが、このような問題提起のしかたは、いっけんテロの脅威を喧伝しつつも実は危機管理にほど遠い。準備をしておけばテロは起きない、という考え方だからだ。それでは「本当にテロが起きたときに何も手を打てない」だろう。そして今回、実際、だれも「起きてしまったこと」に対して有効な手を打てなかったではないか。そのようなものたちがいったい何を言いうるのか。テロが起きるのは、テロ対策ができてないからだ、とは何という「内罰的性格」だろうか。単なるお人好しではすまない。テロとは明確に世界に存在する「暴力」だという現実から目をそらすものでしかないからだ。ではテロ対策にいったいどれほどの準備をすればいいのか。それが相手の出方・装備による以上、明確にどこまでやっておけば「十分」ということは言いがたいのではないか。テロ対策とは、テロが起きたらどうするか、という「国の対応方針」のことではないのか。

ところでテロ対策が不十分だという、その人たちの国はそもそも「世界の暴力に対してなんら武力対策を持ちませんよ」という「平和憲法」を持つ国であった。世界に暴力は存在しないという世界観の上にたっている「国家」なのだから、その出先機関がテロ対策が不十分だって当たり前ではないか。警備を簡単にして天皇の写真をかかげ、ひたすら海外の人とあらそわず仲良くする。日本の外交方針(国家方針)そのものを青木大使は忠実におこなっているだけではないか。青木大使のテロ対策の責任を追及したいなら、まずは自分の国の憲法を変えてからにしたらいいではないかと言わずもがなのことまで言ってしまったが、そういうことなのである。

「責任」という言葉のもっとも美しい用法は「オレが責任をとる。これを実行しよう」というものだ。行動が伴わないところに責任はない。そして行動(その行動へと動くための判断力)を期待し、権限を与えるためにだけ「ポスト」というものがある。行動すなわち「仕事」がすべてである。今回の件でも誰が何をやり、誰が何もやらなかったか、ということこそ、肝心なことだ。何もやらなかった人が結局は得をするという世の中の風潮が、このくだらない一件によって加速されるのはこまったことだ。冒頭で紹介した諌早湾の無責任管理人だらけの国になってしまうだろうから。

これを書いた後、青木大使解任だか辞任だかの報に接した。いまはただゆっくり休んでいただきたい。橋龍はかなり早い段階で大使から辞意を受けていたという(読売夕刊)。しかし「人の運命をおもちゃにすることはできない」というわけのわからん理由からそれを留めておいたのだと言う。その言葉とうらはらに、結果としてそうやって留めておいたことでまさに青木という人を「おもちゃ」にしたわけだ。総理になった人はすべて言語を軽んずるという傾向が生じる。なぜその時点で功績をたたえつつ「休養をとる」という意味で辞めさせるというもっとも妥当な方途をとれないのか。はっきり言っておくが、本文で言う「何もしない人」とはまさにあんた(橋龍)のことだ。そういえば橋龍は例の脳死法案でも、「行政の最高責任者が判断するのは好ましくない」などというわけのわからん理由をつけて「何もしなかった」のだった(ここにもまた「責任」という言葉が出てくるのは皮肉としかいいようがない)。自分を「天皇陛下」とでも勘違いしているのじゃないか。

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Vol.11
井沢元彦「逆説の日本史 5」(小学館) 97.5.9

逆説シリーズも5巻目を迎え、だんだん「逆説」というより「正史」に近づいてきたかんじ。実際ここでいわれている源平合戦から鎌倉幕府の成立に至る過程が、実は朝廷および貴族と新興武士勢力との、土地所有・管理(警察)権をめぐる争いであり、いわば旧体制と新体制の衝突であり、「革命」(市民ならぬ武士革命?あるいは封建主義革命か)であったという見解には、あまり反対する人はいないのではないだろうか(最近では土地所有と資本主義をめぐって橋本治が書いている「ぼくらの資本論」でも同様にして明解な説明が書いてあった)。

とはいえ、著者の問題とする点は、そういった前提のうえで、ではそれをなぜ「革命」と言い切ってしまわないか、という「日本的体質」あるいは「日本教」の問題だ。革命に勝利したのに王朝(天皇家)を倒さずに、形の上ではその支配下にはいった形をとり実質の支配をする。二重権力構造とは最近の田中曽根内閣・小沢新進党にはじまったわけではないということだ(すでに藤原摂関政治がそうなわけだ)。したがって幕府は、革命政府でありながら、同時に律令体制というう「法」の外側の、半・非合法な組織でもあるという中途半端な組織ということになる。いまでいえば、やくざがある地域一帯を支配しているというような状況だろう。そこでは国家警察が有名無実化し、やくざの組員が治安を維持しているというような状況である。

このことは、僕は「座頭市」の映画を見たときに、直感的にわかった。北関東を舞台にした座頭市ものは、北関東一帯が「藩」などの公式の武士の勢力が及ばない、やくざたちの支配する地域として描かれている。唯一公権力として「関東八州まわり」がいて、これは名目だけのものに堕している。ただしいちおうは権力者としてまわりが扱うので、歓待を受け、女などを自由にして、賄賂などをもらいながら、関東をまわっているという設定だった。つまり江戸時代における公権力たる幕府と、地元の実体権力たる北関東やくざの関係は、鎌倉時代の朝廷と武士の関係そのままなのだ(もっとも座頭市の世界はフィクションだが)。

しかし、やくざの場合は、たんに天下をくつがえす実力がないため(あくまでせまい地域の支配にとどまるものである上、「やくざ」という階級的な連帯の原理がない。やくざは常に連帯より抗争するものだ)に、二重権力状態にとどまっているわけだが、幕府はそうではない。鎌倉幕府の場合でも承久の乱で完全に勝利している。しかし、朝廷をつぶすことはしない。なぜ日本人は革命をしてしまわない(しまえない)のか。井沢氏はその原因を「革命思想」がなかったため、としている。中国ではいかに君主であっても悪政をおこなえば、別の王朝に変更が可能だが、日本ではなぜか「かの一系統」のみが絶対的な王朝として固定されてしまった。これは日本の特徴というよりも、それによって「日本」というものが定義づけられている(きた)ような、そんな宗教的でもあるような「原理」なのだろう。だから幕府への反対勢力への追討にせよ、逆に倒幕にせよ、形式的には朝廷の命令によっておこなうというのが日本の常となる。あえていえば、そのような朝廷の下のレベルでの革命というありかたこそ、日本の革命思想だったということになる。

このことから結果した重大なこととして、井沢氏は日本人の「法という意識」が非常に曖昧というか、「軽い」ものになってしまったことを指摘している。すでに藤原時代に荘園が広まったことにより、「律令」という法律(憲法)は名目化していた。しかし驚いたことに律令は明治憲法発布まで、名目的には生き残ることになるのだ。日本人は千年近くも「法」を名目化し、実態にあわせた「解釈」で間に合わせてきたということになる。これでは憲法改正をしようなどと思わなくて当然だ。法は解釈でどうにでもなるということが、遺伝子に組み込まれてしまっているのだ。

日本人にとっては法より大切なものがあり、それは「道理」である、と井沢氏はいう。しかし私は、それは哲学的にいってあたりまえのことで、何も日本人だけが法よりも道理を上におくわけではないと思う。常に現実は変化をしており、法は形式化の危機にさらされつづけるからだ。日本人が特殊なのは、現実と食い違ったときに「それでは法の方を変えよう」という発想はしない、ということだ。実際アイヌ新法程度のものに何年かかっているか。

結局、言葉や法といったものが、バーチャルなものにすぎない、という見切りがないと、それをコントロールすることはできない。それは法の軽視とは違う。「見切り」とは、法の根拠は「権力」であり、現在はそれがわれわれ(国民)に帰属するということが、合理的かつ説得的である、というだ。したがって法は「形式化したら変更すればいい」という意味で相対的なのであって、「形式だから軽視していい」という意味で相対的なのではない。

法を軽視するというより、日本人の場合、法を変えることに対する心理的なプレッシャーが強いのかもしれない。それが信仰的なものだとしたらまさに井沢氏お得意の「言霊」の問題だろう。言霊なんていうといかにもバーチャルな感じだが、そうではなく、逆に言葉の絶対化なわけである。また私は、日本人は「法を変える根拠となる自分」というものがないか、あるいは「法をつくったことの責任(負い目)を引き受けたくない」のだ(法を定めるというのは、「神」のような人外のものの為すことだ、とでもいう感覚)とも言えると思う。「引き受けたくない」ということは、結局は引き受けるだけの「自己」という根拠が自分にはない、ということで、同じことではあるが。このことは「革命」ができない、ということと、実は同じ気がする。天皇家という特殊なものを一つだけ作っておいて、あとは下々のものの連帯責任(井沢氏いうところの「和」)のなかですべてが処理される仕組みである。そして日本の場合、この「連帯」というのはようするに「身内」ということだから(たとえば「永田町」という連帯は、共産党をのぞく全員が「身内」である)、お互いに「いわずもがな」の気心が通じ合い、あえて「法」をつくるというモチーフが生まれ得なかった、ということなのだろう。

「連帯」が「身内」とイコールですむ時代は江戸時代の短い期間ぐらいだったのであって、法に対する意識はどうにかしなくてはいけない、というのは、井沢氏の指摘するとおりだろう。しかし、先に言ったように法は哲学的にはバーチャルなものなのだから、ある意味では「法」という意識にこりかたまった一部の西欧人たちもまた一種の「病気」ではあるのだ。そのいい例がリチャード・ギアとジョディ・フォスターの地味な映画「ジャック・サマスビー」なのだ。ぜひごらんいただきたい。この「法」感覚に共感できるかどうか。

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Vol.11
柏木ハルコ「いぬ」(小学館) 97.5.8

ただのエッチマンガかと思って読んでたら、結構すごいところにいってしまった。ようするに人間のコミュニケーションとは、「他者」とは何か、というところだ。ただただエッチだけを純粋に目的とする清美を狂言回しとしてそこから逆に人間関係にまつわるもろもろの期待と幻想と支配欲のくだらなさを描き出すのだ。清美のいうところの「幻覚」にいかにわれわれがむしばまれていることか。それを作者は非常にうまく描き出す。というかだんだんうまくなっていったというか。後半で出てくる石原さんのドラマなどは下手な「アダルトチルドレン」解説書よりはるかに説得力がある。ほんとうに相手に共感しつつ相手の立場も考えて「愛する」というのでなく、自分のプライドや存在を意味づけるために他人との関係を利用しようとする態度、精神科医はそれをコントロールドラマというのだろう。
人間関係のヴァーチャル性に対してセックスのリアリティを対置するという方法は、かつて内田春菊が得意としたものだが、この柏木さんのは、比較にならないほど明るく、楽観的だ。作品として申し分なく、この人の次回作にも期待できる。しかし、セックスを最後のリアリティみたいにするのは私にはものたりない。それは男と女の違いなのかもしれないが。

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