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Vol.19  (98.3.25)

■宮台問題をめぐる随想(98.3.24)
■鬼を巡る随想 〜 大和岩雄「鬼と天皇」を読む(98.3.25)

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宮台問題をめぐる随想(98.3.24)

あまり興味のわかない話題だろうが、先日「諸君!」誌に「ボクちゃん社会学者・宮台真司はここまでキレてる」という記事がのった。「あの」小田晋氏と筑波大の中川八洋という人の対談で、基本的に「社会学者・宮台真司氏は、社会の解体を目論んでいる」という論調のものである。

しかし、ここには実際はいろんな論点がごっちゃになって含まれていて、それを宮台個人を批判してすますというのもどうか、と思う。といっても宮台氏の肩を持つつもりも毛頭ない。それぐらい言われてちょうどいいんじゃないか、というのが率直な感想だ。ところがそのあと、雑誌「ダ・ヴィンチ」に掲載された「少年は、戦争をしたいのかもしれない」という特集記事で、宮台氏は「反論」ともとれるようなことを言っていて、ちょっと考えてしまった。

この「戦争」の記事は、ダ・ヴィンチの4月号に掲載されていて、取材・文は「藤井康洋」氏となっている。まず、福田和也氏への取材を通して「ファシズム」などのイデオロギーによって「国家」として戦争ができる時代が終わり、日本人が戦争を起こすことの不可能性を示した後、西谷修氏の「戦争論」により、その論を確認し、「国家の決闘としての戦争はとっくの昔に死んでいた」とする。その上で、件の宮台氏登場となり、戦争の最終形態は、サカキバラなどの「脱社会的存在」による、社会に対する暴力として現れてくる、と結論づけているのだ。

前半の国家による戦争の不可能性、という論点は、国際化・ボーダレス化などの進行と同時に、なんとなく雰囲気としても納得できるものだろう。一部の人々が「日本人の誇りをとりもどせ」などと言って、教科書問題をさわぎたてたりしても、それを「再軍国化」への動きだなどと感じる人はまれだろう。実体としてもう「国」が戦争をするなどということは、実感できないのだ。

このことは田中明彦氏の「新しい「中世」」(ここに情報あり)でもっと明確に語られていた。つまり国際的な相互依存が高まれば高まるほど、現在の「近代主権国家」は(その力を)後退していかざるをえない、というものだ。ボーダレスかつ多様化した相互依存によって、どこからどこまでが「自国の利益」と言えなくなってしまう以上、これは当然の結果だろう。このような社会ではまた個人も「国家」よりも、「企業」や「非政府的団体」「地域」などに、帰属意識やアイデンティティのよりどころをもとめるようになる。そういう意味でも「国家」は希薄化していくというのだ。このような多様化し、相互依存が進展した国際社会を田中氏は「新しい中世」と言っているわけだが、とうぜんこれは背後に「新しい中世」にはふくまれない一群の国家を持つことになる。はっきり言えばフセインなどの国のことである。「新しい中世」にとっての安全保障問題というのは、こういった「国際相互依存の外部」に居続けようとするものに対してのことでしかない(最近は、フセインすらも「国際相互依存」の仲間入りを希望しているようだが)。福田氏もこの記事の中で、国際的な秩序の中で不利益を被っている国から戦争を仕掛けられる可能性を指摘している。

多様化した相互依存が進展する「国際社会」とは、契約と信用、そして「公平性」を原則とするものだろうが、その「内部」では、「競争」はあっても、もはや「戦争」はない。「戦争」はその「社会」の「外部」との間でのものでしかないのだ。フセインなどの特定の国家との「戦争」と、テロリズム等の「反社会的存在」との「戦争」が等価になってしまう理由がここにある。では、サカキバラ事件のような「反社会的」な犯罪もまた「戦争」ではないのか?というと意外に感じる人は感じるかもしれないが、単に定義上の問題だと言えば、自然な結論である。

というわけで話をもどすと、宮台氏はこのダヴィンチの「戦争特集」において、サカキバラ事件をこのような意味での「戦争」という範疇にあてはめ、サカキバラのような「脱社会的」犯罪こそ「戦争の最終形態」だとするわけである。

それは(別にびっくりするような結論でもないという意味で)いいのだが、これはあまりにも彼がいままで言ってきたことと違う、のではないだろうか。少なくとも小田晋さんらが、「彼(宮台氏)は社会解体を目論んでいる」という話とは全然違う。ここで宮台氏はあきらかに「社会防衛」の立場に立つことを表明しているからだ。

サカキバラ事件を契機に宮台氏は、「学校批判」をしたのだが(それがまさに小田氏らのいう「社会解体」になるわけだが)、ここで宮台氏は

「・・でも、この反社会的メッセージはもうひとつの社会を構想している。学校がこあればいいなと。それは広義の意味での社会性なんです。ところが、酒鬼薔薇の常軌を逸した行為は、実は、社会性/反社会性を包含した、広義の社会性を逸脱している。向こう側にブッ飛んでいる。これを社会性/反社会性に対して「脱社会性」と僕は呼んでいます」

という。社会性/反社会性に対して「脱社会性」なんていうのは、まったく言葉遊びか冗談のようだが、ようするに、これまで自分の言ってきたことと、供述書によって明らかになってしまったサカキバラの「異常性」との間に、整合性をつけるための「苦肉の論理」だろう。ようするにここに至っても「声明文を別にすると」などと断りを入れていることから分かるように、決して今までの自分の発言を修正したりはしたくない、というわけだ(注:宮台氏は「声明文」を典拠として「反社会」論を展開していたが、サカキバラ供述書によれば「声明文」は単なる「めくらまし」としての作文でしかない。このことについて宮台氏のコメントはないが、ここでの発言がすべてを物語っているだろう)。

それにしてもここで私は宮台氏の「不誠実な態度」を批判したいわけでもまた、ない。むしろ宮台氏が明らかに「社会防衛」の立場に立つことを表明してしまったことは、評価したい。とりつくシマができるからだ。というように、フクザツめいた言い方をしてしまうが、ようするにカンジンなのは、次の点だ。

つまり、「社会」の外部にあって、社会に対して「戦争」を仕掛けてくる「国家」(フセイン)、「テロリスト集団」(オウム)、「個人的犯罪者」(サカキバラ)など、宮台氏のいわゆる「脱社会的存在」、との「対抗」においては、なるほど「社会」というものを防衛しなくてはならない、ということは絶対的に言いうるとしても、その「社会」なるモノのカタチはまだはっきりと決定されているわけではない、ということだ。

国際的な相互依存の進展だとか、新しい中世だとか言うまでもなく、社会そのものが大きく変動し、それゆえに社会人として求められる能力も大きく変化している、ということは、多くの人が認めることではないだろうか。一言でいえばビックバンだ。このような状況で、なにを「教育」すべきなのか、ということに大きな「ゆらぎ」が生じてしまうのも当然、ということである。

しかしどんな社会状況だろうと、それが「社会」である限りは「不変の」社会的な「原則」といえるものがある。それは「この現実を多くの人が共有し、そこで活動する(生活とか表現を含む)舞台=インフラとして、肯定し、尊重する」ということであり、不正や、犯罪、そして「期待される行為の不実行」など、そのインフラ自体を否定するような行為がついては「責任」をとらなくてはならない、ということだ(これについては「村山論」「小浜書評」を参照)。

それが最低限にして基本の社会の原則であり、それを守ること・守るように教育することが、最低限にして基本の「社会防衛」の論理なのだ。その最低ラインに比したとき、小田晋さんたちが、宮台氏につきつけている「社会性」はあまりに過重だし、宮台氏が提出している「反社会性」(という名の社会性?)は、ちょっとピントがぼけているように思える。

たとえば小田氏らが提出している問題に「自律か他律か」というのがあって、宮台氏流の「自律」に子ども達をまかせたら、子どもが「野獣」になってしまう、という。これは実際的な面があって、一面では納得するのだが(キレる子ども達の多発を想起しつつ)、しかし伝統的な教育?一辺倒によって、他律的な子どもを量産したとして、そんなものがこれからの多様化した社会で役に立つ(能力を発揮できる)人間になるのかは疑問だ。はっきり言えばこれまでのように地縁的・家族的な集団(世間)の中で、それなりに人間関係をうまく調整するという能力があれば、そこそこの「地位」を確保できた、というような状況は完全に終わった。しかし伝統的な「集団主義」的な教育は、そのような「今は滅びつつある」世間の中で生きるための教育でしかもはやないだろう。

そして、それ以上に問題なのは、教育によって「社会」に出ていった当の本人が、その社会で生き甲斐を感じられる人間になれるかどうか、ということである。とりあえずテロリストやテロリズム国家(フセインなど)は別として、「社会」内部の人間に関しては、それぞれの個人が「生き甲斐」を感じていきていけるようにすることが(その生き甲斐の元になっている「役割」やさらにその大元の「社会」を肯定し尊重することにつながるがゆえに)、もっとも「秩序」の維持には役立つのだ。つまり「社会肯定の意志」を育てることこそ、最大の社会防衛なのだ。しかし、伝統的で他律的な教育は「世の中はつまらない」という「現実」を作り出してしまうがゆえに、巡り巡って社会解体を推進していることにもなりかねない。

以上のような意味で「伝統」や「他律」のお仕着せを保守することに終始している小田氏らの「社会性」に立つ議論は、「過重な」つきつけと言ったわけだが、過重というよりむしろ「不適切」と言ったほうがいいのかもしれない。その一方で、宮台氏のいう「反社会性」がピントはずれだというのは、それがなんら有効な「社会構想」を語ってはいない以上、多言を要しないことだろう。ご自分であとになって言い訳されているような「もう一つの社会を構想している」というのが感じられないのだ。

ついでに言っておくと、「自律」というのは言葉通りとれば「自分を律する」ということであって、「野獣化」とは明らかに違う。自律の「律」の中にすでに「社会性」が含まれている、といえば言葉遊びにも聞こえるが、そういうことなのである。ようするに「自律か他律か」なんて問題は本来なく、最低限にして基本の「社会性」の原則の内側の差異でしかない。しかしこの差がきわめて重要で、はっきり言えば私は「自律」一辺倒でいい、とすら思っているのだが、「自分で律すること」を学ばなければ、結局なにもできない人間になるというだけのことである。小田氏らにしてからが、他律的に「精神科医」になったわけではなく、その時点での「自律」によってなしとげられたことなはずだ。逆に宮台氏の「反社会性」論には、この「律」がみられないのだ。どんなものであれ、「社会性を構想している」というのであれば、上記のような最低限の原則を守るという意味での「律」が不可欠のハズだが。

しかし、ようやく「社会防衛論者」であることを表明したばかりの宮台氏であるから、本格的な論は今後、これから開始されるのかもしれない。それに免じて今後を見守ってやることにしようではないか。・・・ま、それにしても宮台氏は「あまりにマスコミに過大評価されてしまったがゆえの悲劇」って感じがするんだけどね。

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鬼を巡る随想 〜 大和岩雄「鬼と天皇」(白水社)を読む(98.3.25)

知ってる人は知ってるだろうが、「もののけ」の「もの」は「鬼」という意味である。

「もののけ」といったら、私は水木しげるのマンガにでてきた「物の怪(もののけ)」を思い出す。そしてこの文字面からの連想で、「もののけ」というのは、「物」が長い年月を経て古くなって独特の「妖気」をもったものだと思いこんでいたのだ。よく百鬼夜行の絵などにでてくる「なべ・かま」などが「妖怪化」した、例のアレである。

そういう思いこみがあったので、「もののけ」といったら、まったく「人間くさい」もの(道具の化け物だから)だとイメージしていて、「もののけ姫」の映画において「もののけ」というコトバが「自然」と一体化したものとしてイメージされているのに違和感を感じてしまったのだった。しかし実際は、「なべ・かま」など道具などの「物」が妖怪化したものは、妖怪学の方では「つくもがみ」の部類に入るらしく、「もののけ」とは別物だ。つまりその違和感は、私の個人的な思い違いにすぎなかったわけだ。

「もののけ」というコトバは、道具のお化けとはなんの関係もなく、最初に書いたように「もの」=「鬼」、であるから、「鬼の気」、ということになる。と分かってみれば、件の「もののけ姫」というタイトルにはなんの違和感もない。ということが分かったのは、中公新書の「酒呑童子の誕生」(高橋昌明)を読んでのことだったが、大和岩雄という人の「鬼と天皇」(白水社)を読むと、さらに詳しく書いていた。「鬼」という字は、もともと「もの」(あるいは「しこ」)と読んでいて、「おに」と読むようになったのは、平安期以降だというのだ。「おに」という読みには、陰陽道(おんみょうどう)の影響が大きいと考えられているようだ。陰(おん)の転訛だというわけだ。

しかし、なんで「鬼」が「もの」なのか。

「鬼」とは、そもそも中国語では「幽霊」とか「霊魂」の意味であって、いわゆる日本の「おに」の意味はない。では「鬼」という字を「もの」と読んでいた時点で、日本人のイメージにあった「もの」と現在「おに」といっているものとは、同じなのか?というと、これは違うだろう。中国語としての「鬼」ともまた完全に一致するものではないだろうが、やはり「霊魂」というニュアンスはあっただろうと思われる。というのも「物部氏」(「もの」を司る一族の意)は、蘇我氏との抗争にやぶれるわけだが、それは仏教を導入するかどうかが争点となっていたことを歴史の時間に習ったかと思う。つまり物部氏はもともと死者の葬礼などをつかさどるという宗教行事に関係し、それゆえ仏教という異国の宗教導入に反対したとされるからだ。ということからしても、「もの」に単に妖怪的な意味での「鬼」ではなくて、霊魂という意味での「鬼」の意が含まれていると考えるのは妥当だろう。またオオクニヌシの別名は大物主だが、ここにも「もの」が出てくる。オオクニヌシといったら国つ神の代表で、アマテラスらの天つ神(つまり天皇家の始祖)に滅ぼされた神だ。単に死者というより「恨みを呑んで死んだ霊魂」というニュアンスが強い。そもそも日本の神社というのは、そのような「恨みをもって死んでいった者を祭るという」性格のものであるともいう。天神様の菅原道真、明神様の平将門、そしてこの出雲大社の大黒様(大国主)というところだろうか。そんな中でもとくにこの出雲大社は、お参りの仕方がよそとはことごとく違うと言うことで有名だ。特別に恨みが深かったということなのだろうか。と、考えると、「霊魂」から「恐ろしいものとしてのオニ」というイメージまでがなんとなく連続的につながってくる。おそらく「鬼」という文字を当てられた「もの」というコトバは、そういう「霊」から「恐ろしい霊的存在(タタリ神か?)」というまでの、広いニュアンスを包摂するものだったのだろう。さらにはそれは「カミ」という概念ともある意味で連続してしまうような、何か、なのだろう。この本によれば、折口信夫は端的にこれを「精霊」だといっていて、明快だ。

というわけで、「もの」に話をもどすと、なんで「もの」というコトバで「精霊的な存在」を言い表すのか?といえば、そのような「恐ろしい霊的な存在」に、コトバによってカタチを与えてしまうと、それが「実体化」してしまうから、あえてそれを「もの」という普通名詞で呼んだのだ、という説がこの本で紹介されていて面白かった。ようするに「言霊」信仰である。結婚式で、「割れる」などの言葉がタブーになることだ。それを言ってしまうと、それが「現実になってしまう」という観念だ。で、精霊的な存在を「実体化」させないために、あたりさわりなく「もの」といってすまそうとする。このあたり、日本人論としてオモシロく、私はこの説で納得してしまうが、この本の著者、大和さんは、ちょっと違うニュアンスのようだ。

(ちなみに折口は、「精霊」を「もの」と言ったのだという単純な?名詞説をとる。折口的「精霊(もの)には、恐ろしい存在という意味合いはなく、恐ろしい存在については「もののけ」ということになる。「もののけ」の「け」とは、病気の「気」であり、精霊(もの)が「病んで」邪悪な存在に転落したものが「もののけ」ということになるのだそうだ。これはこれでおもしろい)

あと、「者」も、「もの」と読むが、これも新しいらしい。「者」は「ひと」と読んだのだ。たしかに、「者」は「物(ぶっしつ)」と同じではない。本来、人であるべきものを、差別的におとしめて「もの」と呼んだのが、この「者」を「もの」と読んだことのはじまりだという。さらに面白いのは、「日本書紀」において、東北の「まつろわぬ」エミシたちを「もの」と呼び、これに「鬼」の字を当てていることだ。つまり人でない物としての「者」であると同時に、まつろわぬ異端の恐ろしき存在=鬼としての「もの」でもあるというダブルミーニングになってるわけだ。またエミシと山人は、縄文文化の後裔として私の中では同一視されているが、山人もまた「人でないもの」としての「もの」から、「鬼」と呼ばれたとすれば、山人=鬼説とも一致する。

ちなみに山人にせよ、エミシにせよ、「朝廷」や農耕文化地域、つまり「弥生」的な意味で「文明化」された地域の「外部」にある。「人でないもの」や「恐ろしき精霊」が、あくまで「ムラ」や「クニ」の「外部」にあったわけだ。これが京都のような都市が成熟してくると、そのようなものが、たとえば河原者、浮浪者、芸人、犯罪者集団、などのように、都市の「内部」に住み着くようになる。時を同じくして「陰陽道」が隆盛を極めるわけだが、これは荒俣さんの「帝都物語」を思い出すまでもなく、明らかに都市「内部」の、方角・配置・組み合わせなどを配慮することによって、都市「内部」に生じた「魔」的なものを封じる術である。つまり都市内部に生じる「もの(鬼)」は、陰陽道によって「名付けられて」はじめて明確なカタチをとることになるわけで、ここからして著者は「もの(鬼)」という「読み」が、「おん(陰)」に、そして「おに」に転じたとする。都市化とは、「外部」の「内部」化であり、「内部」の「外部」化ということになり、これが「もの」から「おに」への転換と重なるという観点がおもしろい。

鬼の話というと必ずでてくるのが「タタラ場」で、これもまた「もののけ姫」に接続している。一つ目鬼などは、タタラ場での作業によって、熱風で片目になる人が多かったために、そのような観念が生まれたという、うがった説もある。「タタラ場」については、倉本四郎という人の「鬼の宇宙誌」(講談社)が、おもしろかった。タタラ場の図版などものっている(「もののけ姫」のタタラ踏みのシーンそのもの)。これは鬼というより、鬼のステレオタイプなイメージとしてある地獄の炎を背景にして虎のふんどしをした姿が、タタラ場での作業のイメージから来ているのではないか、というものだ。それはともかく、タタラ場ということで、やはり「もののけ姫」に私は違和感を感じていて、タタラ者は平地人からみれば「鬼」だから、むしろ「自然」の側にたっているのではないかというものだ。という観念が根っこにあるもんだから、タタラ場なんてものが、そんなにまでもひどく「自然破壊」したのか?ということまで疑問が生じてしまう。この「鬼の宇宙誌」によると、たしかに中国地方にはおびただしいタタラ場の跡が残されているなんて書いてあるので、そうなのかもしれないのだか・・。さらに疑問は、アシタカの方にも向かう。「もののけ姫」の室町時代に先立つ平安末期、前九年・後三年の役を描いた「炎立つ」によれば、当時の東北地方は、「馬」と「刀」の名産地であり、それを交易するために「平泉」が中継の都市として栄えたのだというところがあったと思う。「馬」と「刀」といったら、どちらも「鉄」がなければしょうがない。つまり東北一帯でもそういう鉄の生産は、「もののけ」に先立つ時代でもかなり盛んになっていたのではないだろうか。また金の産地でもあったから、かなり山を荒らしているはずではないか? などと考えると、まるでアシタカはタイムスリップでもしてきたかのごとくに感じてしまうが、まあ「作品」にとってはどうでもいいことである。

最後に、鬼というと、「童子」で、「鬼と子供」というテーマもこの本(「鬼と天皇」)では、ふれられている。鬼というと「童子」、というのは、「酒呑童子」(ちなみに酒呑童子については、なんと「あの事件」に関してコメントしていたことがあった)「茨木童子」「八瀬童子」などだ。「八瀬童子」というのは、なつかしや猪瀬直樹の出世作「ミカドの肖像」で紹介され、先の天皇崩御の際にも、少々話題になっていた。天皇の棺をかつぐという「職業」を専門にやってきた特殊な村があって、それが「八瀬村」で、そこに住む人々が世襲的に「八瀬童子」というお役目を受け継いできたというのだ。彼らを童子と呼ぶのは、彼らが鬼の子孫だと称しているかららしい。じゃ、なんで「鬼」が童子かというと、これは鬼が髪の毛を伸ばしていたり、禿頭だったりするところから、その姿が「童子」的だから、ということらしい。髪型というのは、社会的なアイデンティティを示すもので、坊さんが髪をそるのは、ようするに「もうこの世の人ではないよ」ということだ。昔の武士が元服するときに、前髪をそるというのは、「武士社会」に入っていくことを意味する。佐々木小次郎は前髪をたらしているが、これはまだ「社会人」ではない、ということだ(元服してないのか、単に浪人だというだけなのかは知らない)。だいたい「小次郎」なんてのがそもそも「幼名」だ。ようするに童子といっても、単に「かわいい、いたいけない子供」というイメージではなくて、「反社会的」というか、宮台的に言えば「脱社会的」存在としての(「宮台問題」も参考までにご覧ください)意味合いがあったのだろう。そしてそこには、わけのわからない、ある意味で「恐ろしいもの」としてのイメージがつきまとう。

とすると、外部にあるものとしての「もの」「おに」「子ども」が、ひとつに連鎖してみえてくるだろう。ここでいう「童子」は、実際の「子ども」とは関係のない「(童子的な)スタイル」としてとらえられているが、著者はここで、もともと日本では(現実の)「子ども」のこと自体を、特別な存在としてとらえてきたのだ、と言っている。例としてだされているモースの「日本その日その日」からの引用がおもしろいので、ここに孫引きしておこう。

「いろいろな事柄の中で外国人の著者たちが一人残らず一致する事がある。それは日本が子ども達の天国だということである。この国の子ども達は親切に取り扱われるばかりでなく、他のいずれの国の子ども達よりも多くの自由をもち、その自由を濫用することはより少なく、気持ちのよい経験の、より多くの変化をもっている。赤ん坊時代には、しょっちゅうお母さんなり、他の人なりの背に乗っている。刑罰もなく、咎めることもなく、叱られることもなく、五月蠅くぐずぐず言われることもない」

つまり日本においてはほんとうに(比喩ではなく)「子どもは神様」なのだ。この場合の「神」も、単にありがたいもの、という意味ではなく、どこかで「もの(鬼)」とつながるような存在としての「神」だろう(柳田国男がいう「妖怪は神が零落したもの」ということを思い出すまでもないが、日本においては神と鬼・妖怪はあきらかに連続している)。「鬼っ子」という言い方も、本質をついてるわけだ。ぜんぜん関係ないが、これを読んだ時、私は「少年法」のことが胸落ちた感じがした。なぜ、(人権派と呼ばれる人たちは)あそこまで頑なに「少年」を守ろうとするのか。その領域が絶対不可侵であらねばならない、とするような、あの「強迫的」な感じはなんなんだろうか、と思っていたのだが、ようするにそれはこのモースが見たような、日本人が近代化以前からもっていた「子どもを神聖視し、畏怖する」一種の信仰のようなものだったわけだ。信仰だから動かしがたいし、理詰めでそれを突き崩そうとすれば、ヒステリックな反発感情を引き起こしてしまう。前近代的な心性だから悪い、とは言わないが、それが特殊なものであるということを、まずは自覚し、見つめた上で、少年法改正議論をしていただきたいものではある。

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