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contents
Vol.31 ニッポンのチベットのモーツァルト号(99.9.1-99.10.18)

■岩手県的無意識(99.9.1)
■はじまりの鹿踊り〜岩手の民俗芸能(99.9.3)
■稲川淳二の怪談ナイト・ライブ(99.9.14)
■精神と社会〜小室直樹『資本主義原論』(99.9.18)
■『孔雀』(99.9.24)
■生き方のモード〜大江健三郎『人生の習慣』(99.10.18)

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Vol.31
岩手県的無意識(99.9.1)

むか〜し、「岩手県的無意識」という文章を書いたことがある(どこにも発表してないけど)。私と姉が二人そろって岩手に帰省したときのこと。ウチのいなかは、まあ、まちと言えば町場なんだけど、車で20分もいけば、温泉地がたくさんあって、地元の人は夜になると、まるで銭湯にでも行くみたいに気軽に出かけていく(しかも種類が豊富なので、よりどりみどりって感じ)。で、その帰省の際にも、当然のごとくに、家族ともどもある温泉へと出かけたのだった。その帰りの道で、姉が「わー、星がきれい」と車窓から、夜空を指さしたのだ。見ると満天の星で、たしかに南の島や、長野あたりの高原ほどではないけど、普段は(東京では)とうてい見えない、細かい星が空を埋め尽くしている…という感じ。私は「岩手でもこんなに星って見えるのか」と感心したのだが、ふと同乗していた母親が「ああ、あのデッカイ星、きれいだね」と言うので、姉と私は「そーじゃなくて!」とコケたのだった。つまり私たちは満天の星の圧倒的な数に驚嘆していたのに、母親はその中のある一つの星に意識をフォーカスしていたのだ。

あとは私の空想だけど、ようするに岩手にずっと暮らしている母親にとっては、満天の星というのは、ごく当たり前のことで、いわば意識の背景に退いて「見えなく」なっているということだろう。つまり無意識だ。でもここでいう無意識は、当たり前だけど、抑圧とか否定的なものではないし、不注意という意味での「無」内容のものでもない。むしろここでは意識はしてないけど、明らかに「見えている」という、充実した豊穣なナニカなのだ。いわば「身体化」された態勢というか。私自身は、しばらく岩手をはなれていて、あらためてその満天の星を「発見」するという経過をたどるわけだけど、そこで発見するのは、実ハそういう星を見て育ってきていた(はず)の「自分」なんだよね。

この星の話はひとつのヒユだけど、ようするに人間というのは、それぞれにそれぞれの「背景」としての豊かさをもって生きていて(普段は意識されることのない態勢になっていて)、それが「文化」ってものなのだろう。その普遍的な形式を発見して驚いたユングは、それを「集合的無意識」と言ったわけだけど、私はそこに「岩手」という非常にローカルなものを見る。ってわけで、それを「岩手県的無意識」と呼んでいるわけだ。一種の民族的?無意識としてこれを実体化してしまうと、ちょっと危険なのかもしれないけど、ひとつのフェイクな理屈として、私はこれを楽しんでる…っていうだけのことなんですけどね。

で、今回、このことを思い出したのは、帰省でまた新たな「岩手県的無意識」を発見してしまったからなんですが、それはまた別項に

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Vol.31
はじまりの鹿踊り〜岩手の民俗芸能(99.9.3)

ある意味では、この岩手の民俗芸能というのも、私にとっては上に書いた意味での「岩手県的無意識」かもしれない。今回の帰省で、何年ぶりかでそのスゴサを再確認させられたが、それは実はよく知っていて、自分の中にしっかりと収まっている…というごときものでもあるからだ。ただ、それだけなら書くほどのことはないんだけど、そこには、一地方の民俗芸能ということを越えた、ある種の文化的な「普遍性」があるようにも思えるので、ここで紹介したいわけだ。

そのスゴサをもった「郷土芸能」は、「鹿踊り」という岩手特有の舞踏なのだ。これは実は、「花巻」というちょっと私の暮らしていた場所とは違う地域に伝わるものなんだけど、私の暮らしていた「北上」というところは、お盆近くに「みちのく芸能まつり」という岩手や近隣県の民俗芸能を一堂に集めるというイベントが開催され、この鹿踊りも、いつも間近に見ていたわけだ。そして今回の帰省は、このイベントの開催にあわせたものだったので、本当に久しぶり(10なん年ぶりか)で、このまつり、そして「鹿踊り」を見ることができ、それを「再発見」したという次第なのだった(ちなみに私の地元の「北上」という地域では、「鬼剣舞」という踊りがメインで、これが私の「鬼」への関心につながっているが、それはまた別の話である)。

この「鹿踊り」、「ししおどり」と読むのだけど、ようするに鹿を模した仮面・装束で、背中に2本の2、3メートルくらいの細長い竹の棒に白い紙切れを無数に結びつけた巨大な「御幣」みたいなものを背負い、太鼓をかかえて、それを叩きながら、踊るというもの。この太鼓のビートがすさまじく、これだけでもはっきり言ってロックだけど、それにあわせて踊るその踊りがすさまじいのだ。パッと見には、ゆったりとした踊りにみえるけど、ホントにそのビートに乗っていて、左右へと小刻みに移動する動きが、実は中空を翔るように動いているのがわかる。言っとくけど、この仮面と装束だけでもそうとう大きなもので、さらにその長い「御幣」を背負ってるんだから、相当な重さだと思うけど、まさに生きている鹿のように、軽やかな動きなんだね。で、この中空のステップが基本で、しばらく押さえた感じで、演技が続くわけだけど、次第にその動きが大きくなって、それが大きなうねりのようになっていくのだ。通常は8人くらいのチームで円陣を組んで、その中の一人がメインになって、例の巨大御幣を前屈みに地面にバシバシ打ちつけるなどの派手な踊りをするんだけど、この陣形が一体となって、うねり踊る様は、もうなんというか、その陶酔に引き込まれると言うか、別世界へきてしまったような感じですねぇ。

ちなみに、たまたま図書館でみつけた西角井正大さんの『民俗芸能』(ぎょうせい)って本によると(この本に鹿踊りの写真がバッチリ載ってるので、興味のある方は図書館などでご覧ください)例の御幣は、風になびく秋のススキを表しているという説もあるそうですが、どう考えてもあれは「角」に見える。角は本当に鹿の角を模した具象的なものが、仮面についてるから、角が2種類もあるのはヘンと思うかもしれないけど、こっちは具象ではなくて、目に見えない、角のつくり出す軌跡というか、風の動きを現しているって感じです。いわば、角のアウラというか。だからもっと正確には、それは角というモノではなくて、その動きによって、その場に風をつくり出し、その風が踊りと一体となって、全体としての躍動をつくり出していく…、その道具、つまりコトとしてのあり方なんでしょう。

いずれにしても、このビートと躍動的な踊り、その全体によってつくり出される「別世界」ってのが、理屈で言えば、ようするに「アニミズム」的世界ですよね。つまり動物(ここでは鹿)たちの「生命」への賛歌、といえば近代人たる我々にもわかりやすい。この世界に登場してくるのは、動物霊、といってしまうと「うしろの百太郎」チックでどーもイケないけど、やはりたんに現に生きている「鹿」ではなくて、なんというか精霊と化したもの、というか、神格化されたなにかですよね。

前出の『民俗芸能』という本では、鹿踊りは、いわゆる獅子舞のひとつにいちおう「分類」されている。私も子どものころから、なんでシカ踊りじゃなくてシシ踊りなんだ?と不思議に思ったけど、この本によると、「しし」という言葉は、そもそも「肉」という意味の言葉で(これは普通に使うよね、太りじしとか…)、イノシシやカモシカ、熊をふくめた山の四つ足動物一般をさして言うようになったという(たしかにATOKで、「しし」と打つと何個目か「獣」と出てくる)。さらにこの本では、獅子舞というジャンル自体、獅子(ライオン)をモチーフにしたいわゆる獅子舞よりは、鹿踊りのようにアニミズム的世界をモチーフにしたもの(ようするに狩猟民の動物との交歓)の方が、より原型的なものだとしていて、その姿勢には感心した次第。だったら、ジャンルは「シシ踊り」で、「鹿踊り」と「獅子舞」が要素、という区分の方がわかりやすい、と言ったら大きなお世話ですが…。ちなみに私は、獅子舞というのは、なんかバリ島のバロンとか、アジア・中国の外来文化とのつながりの方が強い気もするし、獅子の魔除け的要素というのを四角井さんも指摘してるけど、ということはやはり風水的というか、共同体的な空間・都市的な空間がきっちりと確定してしまったあとの世界のものって感じで、アニミズムとしての「シシ踊り」とはあまり関係ないような気もするんだけど。ともかく獅子舞はさておいて、シシ踊りというものが、ある種、縄文的な?日本の文化の古層にまでさかのぼるものだということは、確かでしょう。そういえば、『もののけ姫』の「シシ神」って、これとつながってるわけか…とヘンに納得してしまった。

というわけで、あらためてこういう芸能によるアニミズム的な世界が思いもかけず身近に存在していたということを「発見」して驚き、それが「岩手県的無意識」として、自分の中の背景になっているということに、ヨロコビを感じるわけだけど(なんか知らないけどザマーミロって言うか?)、重要なことは(そーいうささいな個人的感情ではなくて)、この鹿踊りで描かれる世界が、出だしに書いたように、ある意味では普遍的な「価値」を持つものだということなんです。まぁ、エコロジー的世界観を表現したもの…とまで言ってもいいです(なんか薄っぺらくなっちゃうけど)。さらには、単にそのようなメッセージ性の問題ではなくて、この「ヨリドコロ」としての表現(舞踏そのもの)の完成度の高さ。つまり、この現代においても、そしてどのような場所においても(おそらくは)かなり多くの人が、この踊りに「すっと」入っていける、そういう意味での「完成」がこの踊りにはあるのではないかと思うわけです。踊りに入っていける、ということは、見てる人が、自分の身体を使って(実際には、踊り出すということではないとしても)、その表現する世界を体験できる、ということだから、これは(俺が言うことがホントなら)メディアとして、芸術として、技能として、ものスゴイものだということでしょう。

そんなわけで、つくづく感心するのは、当たり前だけど、この踊りを身につけ、伝承してる男たちだよね。惜しみなく賛辞を送りたい。ちょっと考えただけでも、これだけの太鼓と踊りの技術を身につけ、やりこなすのは容易ではないし、そもそもそれが描こうととする世界(アニミムズム的霊性?)に没入しなければ、とうていその世界を表現することはできないだろう。とすると逆に「いかにして彼らはその没入の契機をもちえたのだろう?」ということを、おせっかいにも考えてしまう。いろいろとほかにやりたいこともあったりしただろうし、いくら「いいもの」とわかっても、実際、それを自分がやるとなったら、なまなかのことではできないだろうから、それこそそこには熱烈なまでの「情熱」や「愛」があるはずだけど、どこでどーして、彼らはそういう愛を持ち得たのだろうか。『オムレット』的には、それは「宿命」ということで説明終わりなんだろうけど、彼らってオレとすごい近所にいたわけでしょ。でも、オレには、それを見る機会はたくさんあっても、そういうことに実際的に絡むような契機はまったくなかった(まぁ、かりにあったとしても、運動神経がまったくダメな私としては決して絡むことはなかったろうれど)。それだけに、そういうことに身を投じて、しかもオレたちを感動させるまでに、それをやりとげてしまう、彼らがエライ!とおもうわけだ。

さらに今回、感動を深めたのは、この帰省の前に読んでた、わがサイトでもちょくちょく紹介している『小脳論』の影響も大きい。踊りはみんな小脳的だろうとも言えるのかも(?)しれないけど、ことさらにこの「鹿踊り」は、小脳的って感じもする。フツーの民俗芸能とは、ノリがぜんぜん違うのだ。それと、『小脳論』の中で、文化と文明の違いについて語ってるところがあって、文明というのは、ようするに巨大建築に象徴されるように、つくられた「モノ」のことで、一方、文化というのは、「聴覚的であり、人間の技能を蓄積」する、すなわち「コト」だという(このへんは栗本慎一郎による定義、「文明とは情報の蓄積がある状態のことであり、文化とはそれをどう使うかというシステムのことである」とも、文脈は違うけど、根本的には一致するでしょう)。もうだいたいモノ(文明)はそろっちゃったから、これからは「文化」がダイジになるんだってことを『小脳論』の著者ジャコウネズミさんは言ってる(これは『オムレット』の120頁、「モノからコトへ」という認識とも一致する)。そして、まさに「鹿踊り」を伝承している奴らって、文化をダイジにしてるわけだね。ひとしきり、鹿踊りを見終わって感動したあと、オレは「勝ったな…」とニヒルに笑ったのだ(笑)けど、何に勝ったかというと、これは「仙台のたなばた」「青森のねぶた祭り」「秋田の竿灯まつり」といういわゆる「東北三大祭り」に勝ったのね。今回、この再発見の舞台となった「みちのく芸能まつり」は、いちおう自称「東北六大祭り」なんて言ってるんだけど、そんなこと誰も知らないんだよね。テレビのニュースでもやらないし。ようするにその「三大」祭りより格下、幕下、というより番外という扱いなんです。でも考えてみれば、この三大祭りって、ようするに「モノ」つまり物質文明でしょ。今年は不況ということもあって、とくに仙台のたなばたは最悪だったらしいけど、これってようするに商店街が金かけて、いかにでかい飾りをつくるかってだけの話だったってことなのだ。どこにも技芸としての文化なんてない。ねぶたは「参加」する祭りとしては結構いいセンいってると思うけど、ようするに山車という見せ物をいかに豪勢につくるかという物質文明。竿灯はちょっとは技巧が要りそうだけど、よーするにやじろべぇの原理じゃん(ごめん、秋田の人!)。よーするに、わが町びいきで言ってるだけなんだけど、技芸としての「文化」そのものを称揚するような祭りはウチの「みちのく芸能まつり」ただ一つなんですよ。

というわけで、ぜひ、来年は岩手においでください(「みちのく芸能まつり」は、8月のはじめにあります)。

<民俗芸能関係リンク>は、「東北系HP」に移転しました

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Vol.31
稲川淳二の怪談ナイト・ライブ(99.9.14)

稲川淳二と言えば、この前プレステの怪談ソフトをこきおろしちゃいました(ヘッドライン4号)が、最近、CDのライブ版というのが出てて(『稲川淳二の怪談ナイト・ライブ』)、これはかなりイイです。キチンと怪談してるって感じ。

むか〜し、子どもの頃、夜寝る前に聞かされた怪談の雰囲気がよく出ている(私ってそういう環境で育ったのです…つまりこれまた私の「岩手県的無意識」と繋がっている)。とくにこのライブ盤は、川崎クラブチッタで、夜中から朝にかけてたっぷり時間をとってるせいもあるけど、語りがとにかくじっくり・ゆっくり。同じようなことのリフレインがしつこいくらいに繰り返されたり、どうでもいい枝葉のようなエピソードがやたら前フリとして長々語られたり、いつもながらの効果音(ひたひた…とか、ギィ〜とか)も、ここでは、いつもより、「間」をもたせ、効果音そのものよりは、むしろその「間」を聞かせるがごとくに使われていく…。と書くと、かったるいように感じるかもしれないが、そうではない。すっかり忘れていたけど、「怪談」って、まさしくこういうものだったんだよ。そういう「間」や繰り返し、枝葉によってとてつもなく臨場感が増していき、その世界にすっかり引き込まれてしまう。そういうそもそも怪談が持っていた時空間みたいなものがここには再現されているのだ。

ようするに「技芸」としての「怪談」の完成された姿を見るというか?、このCDは、稲川淳二の他のモノとはちょっと一線を画した完成の域に入ってるって感じがした。このことは前に書いたことと比べてみると面白い。つまりちょうどそのヘッドライン4号で、『新耳袋』と南方熊楠にからめて、「ついつい面白く話してしまう問題」のことを書いたけど、稲川淳二の怪談なんか、モロ「面白く話してしまう」の方に突っ走ってるというか、むしろ努力してそっちへ行っちゃってるわけだ。ただ『新耳袋』の人たち(木原浩勝氏、中山市朗氏のコンビ)も「面白く語る」こと自体を否定しているわけではない。原稿として書く前に、この二人でその話を実際にしゃべってみて怖いかどーかやってるという(京極夏彦らとやっている「怪談の怪」、「ダ・ヴィンチ」掲載)。ただそこで彼らが禁欲しているのは、その話に「因縁話」的なオチをつけたり、「心霊科学」的な説明をつけたりすることなのだ。「ついつい説明する」ことを停止しようというまさに現象学的?態度(笑)。それは稲川的な怪談の語りと対立するものというよりは、むしろ別モノなのだろう(稲川にしても、ことさらに「因縁」や「心霊科学」の説明によって怖がらせるというものではないからだ)。『新耳袋』で目指されているのは、なにか「現代的なクールな語り」とでも言うか?、その延長線上での「面白さ」の追求ではあるのだ。そして、その雰囲気は『新耳袋』単行本で、実にうまく表現されている(それについては『新耳袋』についての書評でふれた)。そしてそれと比べたとき、本作によって、稲川は「伝統的な語り」(話芸)の伝承者という位置づけがされるべきだろうと思うわけだ。

これまでの稲川淳二についてのコメントは、
航海日誌の「こわい話」
航海日誌の「日本の怪談」
にもあります。「日本の怪談」には、稲川淳二の怪談の分類学(そんなたいそうなものではない)が載ってます。

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精神と社会〜小室直樹『資本主義原論』(99.9.18)

小室直樹さんの『資本主義原論』が面白かった。

この前、刑法学者の佐藤直樹さんのインタビュー(『別冊宝島 子どもは変わった!』)を引き合いに出して、「日本には社会がない」という話を紹介した(ヘッドライン11号)。つまり「日本には世間はあっても社会はない」、ここでいう「社会」とは「個人と個人が協力しあってつくる共同体」(佐藤氏)のことであり、ポイントは「個人」というものが、本人にも自覚され、なおかつまわりからも(法的に)承認されている関係というところにあるだろう。小室さんによれば、日本には「資本主義」がない、ということになるが、これは実ハ、日本には社会がない、ということと同じことになるだろう(小室氏によれば、資本主義と近代法と近代的民主主義は三位一体だから、資本主義がない、ということは、そのまま「市民社会がない」ということだから)。

日本に資本主義がない、つまり日本は資本主義ではない、という主張そのものはさして目新しいわけではなくて、たとえば野口悠紀雄さんの「四十年体制」説によりつつ、日本は「国家社会主義」だろうということは、僕も思っていた。しかし、ではなぜ日本では「資本主義」が成り立たないのか?ということの説明はそこにはなかった。小室氏はその理由を、よーするにそこには「資本主義の精神」がないからだ、としていて、まったく明快だ。いくら元手という意味での資本(前期的資本)が蓄積されてもそこに「資本主義」は生じない。技術革新(産業革命)と資本主義の台頭が同一時期であることから、技術革新が資本主義を生んだという錯覚に陥りやすいが、これもマチガイだと。資本主義を生み出すのは、あくまでその「精神」だというのだ。

これ、ようするにマックス・ウェーバーの主張で、さらに目新しくもないが、しかし今こそこのことが身にしみて分かる、というものだ。ずーっと以前は、ウェーバーvsマルクス、なんてことがよく言われていて、その論点はよーするに「下部構造(経済関係)が上部構造(意識)を決定するのか、上部構造が下部構造を決定するのか」といった愚にもつかないものだった。そもそも上部構造たる「資本主義の精神」がないところで、こんな議論をしていたこと自体、おかしいけれど、いまやカタチだけ資本主義もどきにしてみたところで、そこに何ら「精神」は生まれ得ない、ということは明らかでしょう(というか上部―下部というシェーマ自体が無効になってるってことだけど)。伊丹堂も「公共性を成り立たしめるのは、精神だ」(バーチャル伊丹堂バックナンバー00011)と言っているけど、社会(ここでは資本主義と一体のものとしての近代市民社会と限定して)というものを成り立たしめるのは、ある種の「倫理的な意志」としての「精神」なしにはありえない、ということがカンジンだろう。先日、吉本隆明氏の『私の戦争論』への不満を述べた(ヘッドライン12号)が、ようするにこういう倫理的な意味で「個を越える」レベルの問題があるということをどう捉えるか?ということが、ちゃんと語られてないのではないか、ということなのだ。

では資本主義の精神、とは何か、というと、小室氏は大きく2点あげていて、1、労働(経営を含む)が、宗教的救済になるということ。宗教的というと、とっつきにくいが、ようするに、労働や経済活動が「意味」のあるものになったということでしょう。ようするに「世の中で、自分を実現する」ということが、生きる意味をもたらすものになっている、ということ。2、それが、目的的合理的に行われること。これは単に打算的とか計算高いというのではなくて、伝統主義からの自由を称揚するものだ、というのがダイジだ。小室氏はそれこそ資本主義のエートス(行動規範)だとしている。伝統主義(のエートス)とは、前にやったことを繰り返すのがよい、という考え方で、この場合、ある行動が、大きな損害を出したとしても、その行動に対する責任を個人が負うということはない。これが何に似てるかというと、「世間」でしょう。「世間」にあわせて行動したのだから、なんらその行動は責められるべきではない。こういう伝統主義が日本には蔓延している、と小室氏はいうわけだね。ようするに日本には世間はあっても社会はないってことだ。これに対して資本主義のエートスでは、活動する主体(経営者なり労働者なり)が、自分で情報を集め、自分でそれを実行し、その責任を自分が引き受ける。合理的というと、静的なイメージがあるけど、実際は、失敗・倒産などによって、淘汰され、全体としては最適な状態に調整される。そのためにはできるかぎり「試行錯誤」を認めていく、というのが資本主義のエートスだ、というわけだ。

先のインタビューで、佐藤直樹さんは、全面的に西欧的な社会、人権意識に日本がなっていくことがいいとは思わない、と言ってますが、それはこの「資本主義」についても同様に言えることだろう(それがキツすぎるという意味で)。というか、いまどき自由主義(市場主義)一辺倒がいいという人はいないわけだけど、日本において、そういうことを言う以前の問題として、そもそも日本には資本主義の精神がないのだ、ということを「見切って」おくことが非常に重要だと思うわけだ。そうでないと、なしくずしに国家統制の方に転がっていっちゃうというか…。いずれにしても、カンジンなことは「社会」を創造しなくてはならないということであり、そのためにはそこに「精神」がなくては出来ない、というところまでは言えるでしょう。つまり結論としては同じことの繰り返しだけど、「教育」がダイジってことです。

あと関係ないけど、佐藤さんがインタビューで、現在の経済を、超過剰商品経済と分析しているのを思い出した。つまり資本主義がなくても、商品経済というのはあり、それが「超過剰」というところまで行っちゃうということがある(それがニッポン…)のだなぁと、思ったわけだ。考えてみれば、江戸時代だって資本主義じゃないのに、下級武士たちは、過酷なまでの「商品経済」にサラされていた。サラされていたというか、それによって疲弊・困窮していた(「四谷怪談」が、今でも人気があるのは、この「商品経済」にサラされる姿にリアリティがあるからでしょう)。資本主義かどーかとは全然関係なく、商品経済あるところ、社会的に弱いところに必ずシワヨセがいくということですね。社会的に弱いところ、とは、商品経済下では、よーするに「元手のないところ」ってことでしょう。我が身がやるせねぇ…。

追記:もう一つの「資本主義原論」?、橋本治の『ぼくらの資本論』(小学館)とあわせて読めば、もう世の中に怖いものはないかも(笑)。

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『孔雀』(99.9.24)

監督クリストファー・ドイル(『恋する惑星』などの撮影監督で超有名らしい…)。浅野忠信主演。浅野の映画は数あれど、まったく見たことがなかった。というか最近ほとんど映画を見てない…。それでもオレは確信している。『孔雀』は最高!、『孔雀』は、あらゆる映画的記憶を更新する、まったく新たな経験なのだ!

以下、ストーリー的にネタバレに入るので注意!…といってもこの映画、ストーリーはない。というより、この映画は普通の意味でのストーリー=物語が終わったところから始まる。つまり香港にアサノがやってくるところから始まるのだが、この時点で「アサノにとっての物語」は終わっているということが、あとで示されることになる。物語が終わってるってのは、とても象徴的で、ついつい「物語の終わりについての物語…」というポストモダンチックな発想にいきそうになるが、それは上映が終わったところで映画について振り返るというあの「反省的な意識」のなせるわざ。この映画はそんな反省をポーンとつきぬけて、まさに「物語の終わり」の先の先で、ムーヴィしている、そんな映画なのだ。

たとえばアサノは、自分のコトバに対する感覚が、他人のそれとはまったく違うために、コミュニケーションをうまくとることが出来ない、「変な人」であり、その意味でアウトサイダーだが、その彼が自分にとって「ぴったりくる場所」、気持ち良く、やすらげる場所を見つけるという物語なのだ、と言えば分かりやすいだろう。でもその物語は終わっているのだ。たぶん逆に、そういう自己発見の旅?という感じのドラマ仕立ての物語がここで展開されるんだったら、もうなんともつまらない、ありきたりな映画になっていただろう(ドイル監督はそんなことしないだろーけど)。そう考えてあらためて分かるのは、当たり前のことだけど、物語というのは、徹底して「外側から」描くものだということだね。ある「変な人」を外側から「ヘンである」と描写し、そこで何か事件があり、そして最後はその人がなにかをつかんだということが描かれる…という具合に。しかしこの映画では、そのように外側からの事件の羅列(物語)によってそれを説明するのではなく、徹底的に「内側から」その体験が描かれているのだ。しかもそれは内側から描かれた物語、というのでもない。たとえばモノローグを多用することによって、内側からの視点を中心に物語る、ということは可能だし、実際そういう作品もある。アマチュアの映画作家がまず目指すのはそれだ(ワシもその端くれ)。しかしこの映画を見て逆に分かるのは、それが実ハ「外側からみた物語を内側から説明しているにすぎない」ということだ。この映画は、まさにそういう手法と手を切って、まったく新たな地平(物語の終わりの先の先)で、「内側からの体験」を語っているのだ。

アサノともう一人の主人公、のんだくれでゲイのケビン、そして中国女、という男男女の3人組の映画ということで、思い出すのは『ストレンジャー・ザン・パラダイス』だが、このタイトルはそのまま『孔雀』に当てはまる。90年代の『ストレンジャー…』が『孔雀』だ、といえば、オレの同世代にはピンとくるだろう。でも残念なことに『ストレンジャー…』は徹底して外側から「クール」に描かれた作品であり、決して「へんな感覚でもってこの世界を生きるとはどういうことか」を内側から描くものではなかった。ようするにカッコイイのだ。別に変でもないくせに、アートとか先端的な事ごとには興味がある、というスノッブが我が世を謳歌したのが『ストレンジャー…』の80年代だったのだ…。

カンジンなことは「へんな感覚でもってこの世界を生きるとはどういうことか」というのは何も特殊なことではない、ということだ。アサノの強烈なまでの言語における違和感を見て、「これは病気の人」と解釈し、一種の『レインマン』のごとき「病気テーマの映画」と思いたくもなるだろうが、アサノが常に「なんでだ?」と問いかけていることを忘れてはならない。他の人はそうではないということを知っているという意味で、アサノは病気ではないのだ。アサノの現実への違和(コトバは現実を構成するという意味で、言語への違和は、アサノにおいては現実そのものへの違和なのだ…)は、いってみればソシュールの定式、「言語は恣意的である」をそのまま生きているだけだ、とも言える。恣意的なもの、ようするにバーチャルなものでしかない言語、たとえば「1は1である」というコトを、あたかも自然であるかのごとくに生きている人(普通の人)こそ、実ハ異様ではないか、というのがアサノの感覚だ。そうコトバにしてみれば、アサノがなんら特殊なことをいっているのではないことがわかるだろう。

それを理屈でも物語でもなくして、内的な体験としてこの映画が語るとき、我々の方で何が起きるかというと、これはもう、「彼がそうであるのとまったく同じ意味で、私もまた、自分自身のへんな世界、へんな現実、へんなコトバを生きているのだ!」というまったくの共振が起きるのだ。アサノほど極端ではないとしても、我々がそれぞれに「個的なリアル」を生きていること・生きるよりほかにないことは、圧倒的な事実だからだ。しかし、いくらこの映画で「ああ分かる!」と思ってたとしても(それが「分かる」かどうか、それはセンスの問題であり、機会の適時性の問題であり、という意味で全く「宿命的」な問題だが…)、実際問題として、そのように描かれた他人の体験を内側からまるごと分かるなどということは、原理的に不可能なのだ。主観を乗り換えることは不可能だからだ。にもかかわらず、この映画は、そのような「共感」を呼び起こす。それがこの映画の持つ「普遍性」だと思う。言うまでもないことだが、単に変な体験や経験をそのままポン、と提出したものではないのだ。

そして同時に、この映画が示しているのは、そのような個人的な体験を「共振」によって、分かち合える人間関係がありうる、ということである。つまり単に「映画」のスクリーンを通して、作者と観客がその経験を共有するということに留まるのではなく、現実の人間関係においてもそれはできるのだ、というふうにこの映画はそれこそ「劇場の外側へ」と踏み出していく。それが、登場人物の「物語」ならぬストーリーとして展開するこの映画の本文に描かれるコトだ。それはそのまま「それが受け入れられる場所はきっとある」という監督のやさしいメッセージでもある。でも「それをコトバにしては言いたくない」というのが、監督のいってみれば自ら科したルールだ、ということだろう(「まだ彼には言ってほしくないんだ…」)。コトバにしたらちょっと違う(だから原題は「Away with Words」なのだろう)、でもコトバではないところで、「それぞれがそれぞれに特異な世界を生きているということ」を、それぞれが「内側から」理解し合う、共振しあうことが可能なのだ…、というよりも、それこそ「そうできたらいいな!」というヨロコビの予感みたいなものが、ビンビン伝わってくるのだ。

以下は蛇足。この映画を「癒し」の映画と言っていいんだろうか。違う気もするが、あえてこれを「癒しの…」と言うと、逆に「癒し」ということの新たなカタチが見えてみる気もする。そんなことをふと思ったのは、アサノの記憶の中に繰り返し、アサノのコミュニケーションの失敗が描かれるからだ。普通はそれを「心的外傷(トラウマ)」と捉えるだろう。そしてアサノの現在をそこからの「癒し」と見るような図式(シェーマ)が、いわばオートマチックに浮かんでくるのではないだろうか。しかし、これは例の反省的な意識がつくり出すものにすぎない。精神科医の中井久夫はハーマンの『心的外傷と回復』を翻訳して、タイトルの回復に「取り返す」という意味あいを含めた、と言っている。失地回復、という用法での「回復」なのだ、というわけで、ここには中井氏のフェミニストチックな(失礼!)部分での面目躍如たるものがあるわけだが、しかし傷つけられ奪われたものを取り返す、ということであれば、ようするにつまらないことだな、と私は思った。ま、それはふと思っただけで、関係ない話だが、つまりアサノは、傷つけられ、失ったものを、とりかえしたというのではない、ということだけを言いたかったわけ。そこに至る過程ではたしかに傷ついたのであろうし、というか、単にイヤだったかもしれないが、何かが奪われたわけではないだろう。アサノはただ「見つけた」そして「味わった」だけだろうと思う。自分にとってのリアルを。それはもともと自分が持っていたものかもしれないし、でも長〜い旅果ての末にしか見つけられなかったことかもしれない。ようするに「宿命的なものだった」のであって、決して奪われていたわけではないのだ。極端だが、現在の「味わう」体験とその過去の「傷」とは、まったく関係のないコトとして「ある」のだ、とすら言えるのだろう。そしてそういう「宿命的なもの」との出会いを、新たに(回復という意味でなく)「癒し」と呼ぶなら、それはいいことではないか、と思うのだ。つまりそれが癒しの新たなカタチではないかと思うわけだ。それは、自己実現という意図的・作為的なものではもちろんないし、かといってユング的な「自己」の全体性の回復、というのとも違う。そういったものであれば、いずれもあまりにシェーマ的/抑圧的なのだ。「宿命とのエンカウント」あるいはそのサポートは、そうではない新たな「癒し」のビジョンのように思えるのだ…。

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Vol.31
生き方のモード〜大江健三郎『人生の習慣』(99.10.18)

大江健三郎の講演集『人生の習慣』(岩波書店)が、ちょうど今考えてることにタイムリーに響いてくる。これはかなり前に出た本だと思うけど、もちろん私は読んでなくて、今という時に読めてホントよかった〜って感じ。個人的には「信仰を持たない者の祈り」から「人生の習慣」へという流れがまったくぴったりとくる。

「信仰を持たない者の祈り」ということは、オレ的に言えば、宗教にはならない、しかしだからといって「意味ある生」を断念しない、ということと同じ。このこと自体はこのサイトが始まる早々から森岡正博さんの「宗教とは異なる宗教性」という概念を援用して繰り返し言ってることではあるけど、でもこのことの基盤には、考えてみれば、先週から話題にしている「超越的な視点はない」ということがあるんだよね。信仰をもたない=宗教にならない、ということは、「神」のような絶対的な視点を断念するということでもあるわけだから。

超越的な視点(他者)なしでも、「意味」が成り立つ、ということはきわめて当たり前のことだとオレは思うが、多くの論者においてこのへんが混乱しているのではないだろうか(その一例が「世間と他者性」という文章でとりあげた大澤さんの「嘆き」)。そして超越的な他者の断念=超感性的な意味(象徴界)そのものの断念ということになり、身体レベルの感性(想像界)がダイジだというような短絡的な発想なんてものにもつながってしまう。

それにしてもここには単に「意味」が成り立てばいいということではすまされない問題がある。つまり「よりよく」、「より高いレベルの意味を」生きようとする態度、とでもいうべきものが問題だからだ。これはたびたびここで取り上げている「公」の問題ともかかわるけど、ようするに「高さの観念」の問題ってことでもある。人はなぜ、そうしなくてもいいのにもかかわらず「倫理的な行為」をせんとするのか、より「高い」視点から見た思考をし、行動をしようとする(こともある)のか。それを説明すべく、例の「超越的な他者」というのが要請されるというわけだろう。なんによって「正義」が可能になるのか?ってことですが、これについては「伊丹堂」での「精神」をめぐる対話である程度書いておきましたが、結局のところ、それが可能になるのは、超越的な他者なるものが「ある」から、ではなくて、そのような他者があるかどうかは別として、人がそのようなありかたを(なぜか)めがけてしまうから、としか言えないでしょう。そのようにめがける(意志する)ことなしには、どんな立派な他者(神)がいたって絵に描いた餅ってことになるだろう。前提としては、ほとんどの人間において、基本的な善悪の配慮が「宿命的に」リアルになってしまっている、ということが言える。竹田青嗣さんのいう「善の欲望」でもいいですけど。でもそこから、実際に「高いレベルに向けて」(そうしなくてもいいにも関わらず)行為しようとするには、それこそそのように行為することを少しづつでも積み重ねていって、そのように行為しうる「態勢」になってる必要がある…、というより、そのような「態勢」こそが、倫理的行為を可能にするのではないか、ってことです。

そういうあり方を大江健三郎さんは「人生の習慣」といっているんですね。習慣といっても単に受動的というか惰性的なもんではない。「人生の習慣」について語ってる講演(「小説の知恵」)では、超越的な視点はない、ということをデリダを引きつつ語ってますが、これって91年の講演でありながら、「郵便的」というカタチで東浩紀さんが際だたせた考え方(現象学とも通ずるけど、よーするに、絶対的な「意味」がどこかに書かれてるのではなくて、「意味」はその都度その都度のその人の「構成」であること)を、すでにちゃーんと語ってるんですね。このころってまだデリダっていったら、ズレとかそんなことしか語られてなかったんじゃないの?…大江健三郎は分かってる!

−−それはともかく、大江さんはこの「人生の習慣」を「その人の生き方のモード」とか「マナー」と言い換えていて、面白い。というのも、前に「伊丹堂」で、「精神」を説明するときに、それを実体化させないために、「方向性」とかいう言い方をしたけど、「モード」と言えばもっとすっきりするかな…と思ってたところに、この大江さんの「生き方のモード」という言葉が飛び込んできたからだった。「習慣」というより「モード」がしっくりくるのは、例えばずーっとその人が倫理的でしかめっつらしてないと倫理的行動をとれないというわけではなくて、僕らはその都度、スッスッとまるで「モードをチェンジするみたいに」倫理的であったりなかったりするわけで、「習慣」というよりは実態に即している感じがするからだ。宮台氏がよく「世直しモード」とか「癒しモード」とか言ってるけど、それです。

まさに「モードだ!」というのは、繰り返しになるけど、思考や行為において、「高いレベル」であろうとそうでなかろうと、まず明確なカタチでなんらかの「他者」が想定されるのではないってこと。「他者」は、その思考や行為のありよう(文脈)においてその都度、説得の相手として立ち現れるがごとき不定形なものである(「世間と他者性」参照)。そうである以上、「他者」より「文脈」が先立つしかないからだ。そしてある文脈を具体的に志向する態勢に人があるということ、それをモードと呼べば分かりやすいでしょう。「超越的な他者」なるものは擬制でしかないのであって、それを実体として主張し、生きている他人たちに対して「強要」するなら、それは「暴力」でしかないだろう。説得によって共有に至る道筋はこれとはまったく違うものなのである。…というわけで、これにあわせて「伊丹堂」の精神についての記述も若干修正しておきましたので、そちらもご覧ください。

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