航海日誌(更新情報)

 
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 1998(下半期)  INDEX 

98.12.28 宣伝と来年の計画
98.12.24 長〜いごぶさた
98.11.13 さらば、ヨドチョウ
98.11.2 ひょうこま情報、ほか
98.11.1 一ヶ月のご無沙汰報告
98.10.1 インスパイア
98.9.21 ペータもリニューアル
98.9.19 G・Uアベニュー
98.9.16 文脈病
98.9.12 シンクロニシティ・ツアー
98.9.3 告知かんけい
98.8.21 濁った茶
98.8.15 残暑お見舞い
98.8.4 ひるますの極上料理
98.7.24 雑誌掲載御礼
98.7.23 小泉という男2
98.7.21 シンクロニシティ再び
98.7.14 さらばハシリュウ
98.7.13 お笑い参院選
98.7.5 ハシモトを見よ
98.7.1 セガって・・

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この航海日誌についての感想・ご意見はinfo@hirumas.comまで


98.12.28 宣伝と来年の計画
先日お知らせいたしましたマンガ、「オムレット〜心のカガクを探検する」ですが、やっぱり発売は来月の15日ころということになりました。早く読みたい!という方は、いまのうちに書店で注文しましょう
発行・広英社、発売・丸善出版事業部、「オムレット」で、通ると思います。著者名は「ひるます」と「心の科学研究会」の連名になってますので、ややこしいので、本屋さんでは言わなくてもいいと思います。カンジンな定価は1400円で、コミック本と思うと高いですが、内容は一般書ですので、どうぞよろしくお願いします。
ちなみに「発売丸善」というと、丸善という書店でしか売ってないのではないか?と思う方が多いよーなので、一言いっておくと、これは「丸善という書店」ではなくて、「丸善という出版社」(出版事業部)が、いわゆる「取次」、つまり日販、トーハンなどの問屋への窓口になってるという意味で、そこを通して全国書店で買える、ということなのです。ようするに広英社という発行元がまだ半人前なので、丸善様に営業的な部分を助けていただいてるという感じですかね。

と、いうわけで、来年の計画だ。本体の「ひるます」の新装開店をするするといいつつ、結局半年近くも放り出してしまいましたが、やっぱ今回「時間が足りない」ということを思い知らされ、どーしようか考えたのだが、結論としては、この「航海日誌」に書き込んだものを、毎週1ファイルにまとめて「週刊」ウェブマガジンとしてまとめちゃおう、ということです。多くのメールマガジンがとってるスタイルですね。ただしこれは前々からの予告どおり、マンガなどの画像データが多くなると思うので、メールマガジンにはしない予定。なんか手抜きっぼく思われるかもしれないが、結局、どーんと一本まとまったものを書こうと思うから、キアイなどを含めて大変な作業になってしまうので、日々こーやって書いてる中で、長くなったり、自分の考えとして重要なものを書いてしまうということは、あるわけです(結果として)。そういうことになれば、いままでどーり「目次」のところにタイトルとリンクを書き込んでおけば、全部は見たくないという人も、そこだけ目を通して通り過ぎていく、ということも出来るわけです。ちょうど、年が変わって、これまで半年ごとにまとめていた、この更新情報(航海日誌)ファィルとの区別もついて、すっきりする。

というわけで、そんな感じで来年の「ひるます」を展開していきたいと、まぁ、思ってるわけです。なんか最近、また私のお気に入りページ(というかメールマガジンだけど)の、「裏ぴあ」が廃刊したりして、寂しいのだ。「裏ぴあ」って知ってる人は知ってるだろうが、ホント、なんでコレがタダなの?って感じの驚異的な充実度だったので、これじゃ息切れちゃうよな・・と心配はしていたのだ。あとやはりメールマガジンの「読書猿」も、更新の頻度が落ちている。個人でやってる以上、しょうがないことなのだ。
そんな中、青酸カリをインターネット経由で・・という「事件」が起これば、とたんにマスコミはインターネットたたきに走る。情けない。単にインターネットに対する暗黙の「反感」をあおっているだけではないか。インターネットだって「社会」なんだから、イイ奴もいれば、悪い奴もいる。インターネットが「社会」だって証拠に、ドクター・キリコとやらは、身元バレバレなわけじゃん。免許証提示してドロボーに入るようなもん(今朝のズームインでやってたね)だろう。
そんなわけで、ガンバロー、オーと、気張るわけではないが、コツコツと続けていきたいと、思うわけですね。
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98.12.24 長〜いごぶさた
長らく、ごぶさたしてしまいました。
たまには来ていただいてますでしょうか?
ついに、前々から予告してました私のマンガが完成しましたので、やっとこちらの更新が通常どおりできそうです。(たしかネームができたときも、そんなことを言ったような・・。しかし今度はホントのホント。ホントに出来たんで、更新に取りかかれるでしょう!)
マンガの方は来年1月の中旬、なんと全国書店にて発売予定(予定!)です。タイトルは「オムレット〜心のカガクを探検する」。「心とは何か?」をテーマにした学習マンガならぬ、ひるます流の「思考スル」マンガです。ぜひご覧ください。くわしい情報は追って掲載しますので、よろしく。
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98.11.13 さらば、ヨドチョウ
ワイドショーなどの回顧ビデオなどでもよく流れているよーに、ヨドチョウ(淀川長治)は、ずーっと前から、自分は明日死ぬかもということを言ってた。朝、目が覚めると、「アッ、今日も生きてた」と思い、その日一日を大切に生きるのだと言ってた。僕がその言葉を聞いたのが、もう10年も前のことだ。その言葉がすごく印象に残った。身近な人の死というものをあまり体験してこなかった私にとって、「生きてるって(それだけで)すごいこと」ということを、意識させてくれた、初めてのコトバだったと思う。前にこのコーナーで、「生命論」にインスパイアされたことを書いたが、そもそもヨドチュウのこの言葉がなければ、生命論などに関心ももたなかったことだろう。
それくらい印象が深いコトバで、その日以後、有名人の訃報を聞く度に、ヨドチョウはまだ生きてんだよな、となぜか安心したりしたものだった。でも黒沢が逝った時には、もうこの日が近いんだってことは、感じていた。
映画より面白い解説、というふうにいってヨドチョウを持ち上げているメディアが多いが、それは一面にすぎない。熱心な読者ではないが、彼の真骨頂は、深い人間観察に基づく映画評論(文)にあると思う。人間関係の深部をえぐり取るようなスルドすぎる見方は、そんじょそこらの作家、エッセイストも及ばないものがあった。温和にして透徹、それはそのまま私の理想とする「思考スル者」(思想家、とは言いたくない)の姿だ。とくにおすぎさんとの対談では、それがいかんなく発揮されていた。ワイドショーでおすぎさんの落胆ぶりが報じられていたが、当然だろう。
「ベルリン天使の詩」で、ベンダースは、天使が人となってアーティストとなるのだという説?をかまし、元天使たちとして小津やフェリーニをあげて捧げていたが、僕の考えは全く逆で、アーティストこそが死んでのち、天使となって人々にインスピレーションを与える、というものだ。守護霊などという考えに近いが、そーいっちゃうとうさんくさいので、天使というわけだ。アーティストにかぎらず、スペースシャトルの事故で亡くなった人のように、この世に「良い意志」を残して亡くなった人たちは、すべて天使になるのだ、と慰みとして思っている。ヨドチョウも映画を見守る天使として、彼を記憶している人が生き続けるかぎり、ずーっとわれわれのそばにいてくれることだろう。
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98.11.2 ひょうこま情報、ほか
秋の「ひょうこま」開催日が決まったので、掲載してます。こちらへどうぞ。今回も好評のジャンベ・ワークショップがあります。

それと、G・Uアベニューで新企画「いとしのコンビニ」が始まりましたので、ご参加ください。
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98.11.1 一ヶ月のご無沙汰報告
まるまる一ヶ月も更新がとまっちゃいましたが、実ハまだまだ止まりつづけます。
前に予告した「マンガ」が思ったより難物で、なかなか時間がとれないのだ。
といってもこのページが廃止になったわけではないし、こーやって突発的に書くこともあると思いますので、みなさま、ぜひぜひこのサイトをお忘れなきよう、よろしくお願いします。

うちの近所、ほぼ家のウラに、パソコン激安店がオープンし、不況どこ吹く風のにぎわいである。駅から送迎バスまででているので、通勤につかっちゃおうかなんて、思ってしまうが、それにしても、パソコンブームが下火っていわれてるのに、どーしたことなのか。
そーいえば、この前の「アエラ」でアップルについての記事があり、その中で野口悠紀雄サンが、iMacが売れるのはメーワク!と書いていて、笑ってしまった。なんでも、パソコンを使うことは知的生産において(パソコンを使わない・使えない人に対して)圧倒的なアドバンテージを持つことになるので、パソコンブームが下火になるということは、それだけ自分のアドバンテージが増えることになるのに、iMacが売れたら、またアドバンテージを減らすことになってしまうではないか、というのだ(文責:ひるます)。まったく姑息な・・と思うと同時に、まさにその通り、よくぞ言ってくれたという思いがする。
とくにマックのバアイ、後から買った人ほど、速度的に圧倒的に優位に立ってしまう、というところが悔しいではないか。人にiMacを薦めるときの、なんとなく後ろめたいような感じというのは、ここから来るのだろう。ホントは買わせたくないけど、どーせ買うっていうなら、とっとと買わせて、次の機種が出るときには、泣かせてやるぜ!ってところか。
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98.10.1 インスパイア
G・Uアベニューで、鈴木さんが新企画「インスパイア」をはじめました。音楽や文学など、その作品によって自分の生き方・仕事などが変わったという体験をアンケートで答えてもらうものです。ぜひ参加しよう!
ちなみにオレとしてはなんだろうか。ここに書くのも恥ずかしいが、橋本治の「シンデレラボーイ・シンデレラガール」だろうか。大学のときそれを読んで、ほとんど隠居しかかっていた精神をこの現実に向かわせることができた。
あといまや「まんだらけ」主人として有名な古川益三がガロで書いてた「紫の伝説」。マンガで「思想」が語りうるということを、手塚でも小林よりのりからでもなく、この人から学んだ。
思想関係では、やはり栗本慎一郎の「意味と生命」。同時代の思想家でこれ以上のものを書いた人間はいまだにいない(と信じる)。哲学も科学も芸術も等しく創造行為であり、創造行為とはストイックなまでにコトガラそのものにコミットするものであることを、やはり極限的なまでにストイックな「思考」そのものによって表現しきった、まさに力技。
それを補完するのが山口実の「生命のメタフィジックス」で、それまで誰もはっきり言わなかった「生きているということの神秘」についてズバッと切り込んだ本。これのオカゲで、オレは神秘主義者やニューエイジ、あるいはオウムにならずに「こっち」にとどまることができた。
映像関係では、佐々木昭一郎の「四季〜ユートピアノ」で狂った。
タルコフスキー、植木等、ヴィム・ベンダース、デビッド・リンチ。
音楽では不思議と?なにも思いつかないのだが、ある意味でオレの人生を大きく変えてしまったのは、やはり下村誠である。「ひるます」の再録で書いたように(その記事はここ)その音楽性に惚れ込まなければ、G・Uという雑誌をつくろうとは思わなかっただろうから。

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98.9.19 G・Uアベニュー
予告どーり、G・Uのホームページがリニューアルしました。
G・U発行人である鈴木たかしのホームページ「G・Uアベニューでまちあわせ」http://www.bekkoame.ne.jp/~hirumas/GU/index.htmlとなり、雑誌の紹介ページから脱皮して、いよいよ本格的なウェブマガジンとなります。「超時空デンワ」などの参加コーナーもありますので、ぜひごらんください。
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98.9.16 文脈病
斎藤環さんの単行本「文脈病」が青土社より発売中。
タイトルも装丁もカッコイイ(くやしい!)が、ナカミはもっとすごい。はっきり言うと、私の書くモノはものすごく、この人の影響を受けている。影響というよりは、たぶん大誤解といったほうがいいのだろう(斎藤さんの名誉のためにも・・)が、そんなふうにコミュニケーションとは誤解である、というようなことも、この本にはきちんと書かれている。
いずれにしても、強烈なインスピレーションを読む人に喚起する「思索の書」であることは間違いない。斎藤氏はラカン派の精神分析を文体の根っこにもっているので、多少とっつきにくいと感じる人もいるかもしれないが、よくよく読んでみれば、氏がそういう思想的言語体系の「集団」(ようするに宗教みたいなもの)の外側で、ちゃんとモノを考えている人だということはわかるだろう。
サブタイトルに「ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ」とあるように、氏は孤軍奮闘?でベイトソンを(これまでのダブルバインド、オンリーの理解を超えて)復興させようとしている人でもある。ちなみに誰も知らないだろうが(笑)、最近このページで徐々に再録している「ペーパーメディア版ひるます」の記念すべき第1号が、実は「ベイトソン特集」であった。というような「縁」もあって、こういう本がでたことがうれしくてならない。
内容についておりにふれ、コメントするかもしれないが、とにかくページ数のワリには安いので、買ってごらんください。斎藤氏は近刊に「戦闘美少女の精神分析」(太田出版)なども予定されていて、のりまくってる感じ。今年から斎藤環、大ブレイクとなるのか!

さらにちなみに、私の斎藤「大誤解」論文は、例の「少年A供述書の全貌を読む」である
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98.9.12 シンクロニシティ・ツアー
またまた間があいちゃいましたが、いろいろ話題がたまってる。
先日、取材をかねて出雲ツアーにいったのだが、(実は水木しげるのふるさと、境港の水木ロードを見に行くのが主目的だったのだ)、ガイドブックを見てたら、松江市に「小泉八雲記念館」があり、ここも行こうなどと思っていた。
出発の前日に、夜行でいくということもあって、車中で読む本を物色していて、やはり「水木しげる=妖怪」関係の旅なんだから、ということで買いそびれていた京極の「塗仏の宴〜宴の支度」を買って読み出したら、いきなり小泉八雲についての話がでていて、びっくりしてしまったのだった。
そもそも妖怪関連の小説なんだから、八雲が出てきたってフシギではない、といえばそうであるが、これまでの京極作品で八雲については別段ふれられていなかったと思うし、あまりにタイミングがよすぎるという感じだし、それにひきつづいて、この旅ぜんたいが、ミステリー・シンクロにシティー・ツアーじみてきたのであった。出雲・松江・境港はかなり面白い「場」の力があるようだ。

ちなみに京極メルマガ「釣瓶火通信」によると、「塗仏」の続編は9月20日発売とのこと。こちらも楽しみだ。

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98.9.3 告知かんけい
ひさびさに下村誠ライブ情報を更新しました。またまた活動が活発化していますねー。くわしくはこちらをご覧ください

広英社から宗像恒次の本の第2弾がでます(第1弾は「SATカウンセリング技法」)。宗像氏はさいきん、「マインドウイルス」とか「自己カウンセリングで成長する本」などのヒットをだしているのでご存じの方も多いかと思います。 今回の本は、教師や養護の先生が対象に限られてますが、「子ども達は成長したがっている!」というタイトルで、なかなかいいタイトルでしょう。一般の方が読んでも学校とか教育の問題点がよくわかるようになっているので、面白いかもしれない。
今回の本は、先生たちが子どもの「成長したい」気持ちを引き出には「カウンセリング対話法」を用いる必要がある、という視点からいろいろな実例をあげて解説してます。教育関係の知り合いがいらっしゃる方はぜひ紹介してやってください。
9月10日、全国書店で発売です。定価2200円。

近々、G・Uのホームページがリニューアルします。内容はお楽しみ。では。
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98.8.21 濁った茶
ついに「オンラインひるます」を更新。といっても、なかなか予告通りことが進まないので、旧作掲載でお茶をにごします・・。
題して「新装直前!再録特集」だ。旧作といっても、あんまり古いのは文字データがなく、ペーパー版の「月刊ひるます」の10号と、品切れになってしまった「G・U」の創刊準備号に掲載された「下村誠」論だけである。それだけでは寂しいの一応、「前説」もつけときました。「ひるます」Vol.21はこちらをごらんください。
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98.8.15 残暑お見舞い
ネーム完成で、このページの更新に力を入れると書いたのに、予想通りという話もあるが、ぱったりと止まっちゃいましたね。
できたと思ったのもつかのまで、またぞろ直したい病がでてしまい、大幅書き換えで、10ページくらいふえちゃいました。でも書いてて、思うのは、やっぱりマンガは「99パーセント、ネーム」で決まっちゃう、ってことなんだよね。
とくに今回は「自分だけでわかっちゃってポンポン書いちゃった」とこをちゃんと人がみてわかって、共感できるように、というのを心がけて修正した。当たり前のことで、なにシロートみたいなことを言ってるのか?と思われるかもしれないが、そういうことなんである。
こんなまだ見ぬ作品について書いててもしょうがないので、残暑見舞いがわりに「姫子」のイラストに背景を入れときました。残暑見舞いハガキ用につくったのだが、ロールシャッハのデザインがなかなかエッチで気に入っている。高密度バージョンがほしい方はメールください。夏の壁紙はこれだ?(なんか暑苦しそう・・)。
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98.8.4 ひるますの極上料理
できたー!
なんの騒ぎかというと,ほとんど1年かがりのネームができた。半年前に一度できたネームがいったん全滅し,復活してちょいと書いたところで,全面書き直しとなり,よーやく現在の大枠ができてからは,やっぱ4ヶ月くらいかかったんだろうか。
全120頁に,この「ひるます」に書いてあることの百倍もこい内容がぎっしり詰まった超極上料理である。この一週間くらいは,終盤の詰めということで,こっち(HP)の更新ができなかったが,これからは気持ちが楽になったので,ちょくちょく行きます。また予告しっぱなしの「ひるます」本体の方も,はじまることでしょう。
しかし,なんといっても本筋はマンガであるから,このマンガにこそ,ご期待いただきたい。しかし,ほんとにこれ,発表する機会があるんだろうか・・(ちょっと心配)。
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98.7.24 雑誌掲載御礼
私も、シンクロニシティだ、ハシリュウだ、と分裂気味だが、今日発売の雑誌、タッチPC9月号(毎日コミュニケーションズ)のホームページ特集でこの「ひるます」のページが紹介されている。ぜひ買ってごらんください(べたぼめ紹介していただき、ありがとうございます!)。
「ひるます」本体は4月から更新がとまっているのだが、この更新情報(航海日誌)の方は、とろとろと進んでますので、こちらもご覧ください。「ひるます」21号は、作業が遅れてます(たぶん、マンガ・バージョン?で登場する予定)。もう少しお待ちください。

というところで、オブちゃんで決まりましたね、総裁選。小泉氏の批判をしたが、別に私はオブちゃんを支持しているわけでも、カジヤマさんに期待しているわけでもない。自民党は(小泉氏の出馬に象徴されるように)180度政策が食い違う勢力に分かれたのだから、新進党ではないが「解党」すべきだ、というだけのことなのだ。そういう意味ではもっとも「解党」的危機を招きやすい人物が総裁になったわけで、まったく別な意味で大歓迎はしているのだが。
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98.7.23 小泉という男2
忘れちゃいませんか?小泉ってどーいう男だったのか。
ずっと以前、こちらに書いたが、小泉って例の岡光って事務次官の辞表を受理して、まんまと退職金もってかれた人よ。それは間抜けといえばそれまでのことなのだが、その後のフォローがよくなかった。辞表を受理するのは事務次官が切腹を申し出たのと同じことであり、もしも解任(クビ)にしていたら、市中引き回しと同じことで、それは侍にたいしてやるべきではなかったのだ、などと時代錯誤な言い訳をしたのだ。この一事でもって、彼は今の時代の首相にはふさわしくない、と断ずることができる。よーするにハシリュウがムード歌謡の歌手だったとすれば、こっちは新国劇の役者であり(ただし見た目は逆で、ハシリュウが新国劇で、小泉がムード歌謡だろう)、ようするに虚構の世界にどっぷりとつかった「表現」でもって、現実を語ろうとしているのであり、重要な場面で現実認識をあやまる可能性が大きい。というか、ハシモトにせよ、小泉にせよ、実際に大きくあやまってきたわけである。参考までに、自分の演技的なふるまいと、現実とが大きくかけはなれて問題を起こすような人のことを「演技性人格障害」という。
まあ、テレビで出陣の時の様子をみたら、クリちゃん(栗本慎一郎)がぴったりと後ろによりそっていたので、あんまり悪口を言いたくないのだが(私は政治以外ではクリシン党である)、クリちゃん、小沢にだまされてまだ懲りないのかね。しかし一方で面白いのは、小泉の選挙参謀として出まくっているのが、もうおなじみとなったあの「白川という男」だということだ。これは笑える。だって白川という男が「政治」と考えているのは、ようするに国家予算をいかに多くぶんどって地元や支持団体・企業に還流するか?ってことなわけじゃん、で、小泉が今回主張しているのは、まったくそれと正反対のことなわけでしょ? あんた(白川)の頭の中ってどーなってんの?ってところじゃないだろうか。
というか、そもそも自民党の役割ってのが、そういうぶんどり政治そのものだったわけで、ホントにそういうぶんどり・ばらまき政治をやめたいのだったら、小泉が自民党を割ればいいだけのことなのだ。かつて細川に政権をとられたとき、自民党議員は、まったく誰ひとりとして陳情(つまりぶんどり・ばらまきのお願い)に来なくなる、という事態を初めて経験して、パニックに陥ったわけでしょ。だってぶんどり・ばらまきが自分の存在理由なんだから、それを取り上げられたら、「オレたちって何なんだー」ってことに当然なるわいな。そういうパニックに陥ったからこそ、村山を首相にしてでも、自分たちが陳情を受ける側にまわろうってことでしょ、あの「自社さ」ってのは。絶対に政権をとりたかったんだ、などと一般的に言ってしまうと何か政治ゲームみたいでスマートな感じがしてしまうけど、本質は見えなくなっちゃうでしょ。よーするに「政権」じゃなくて、「陳情」が欲しかったわけよ。世界はかくも泥臭い。
で、今度の小泉出馬ってのは、それと同じ、というか、輪をかけてひどいもんなのね。今度は、参院選惨敗でまたぞろ陳情を失いかねないってパニックから、それを縮小するという人を担ぎ出そうということだからね。社会党と組んでもいままでのやり方が通用したんだから,そんな自民党の主張を180度ひっくりかえすようなことをいう人を担ぎ出したって、やってみりゃまた同じことが出来る、と担ぎ出した三塚派の連中は考えてんだろー(あるいはどーせ受かりっこないから、イメージ戦略としてやっとこうということか)、と勘ぐりたくもなるではないか。
しかし、白川議員の言動を見てて面白いのは、彼、これまでのぶんどり・ばらまきはもう出来ないってことは分かってんのね。現実認識はちゃんとしてんのよ(他の三塚派議員よりは)。で、これまでの自分のやり方じゃもうだめだってことが分かって、あわててこれから自分は何をしたらいいのか?ということを考えて小泉支持にまわったってことを素直に言ってんのね。でもね、それってよーするに「これからの私は素人でーす」って言ってるようなもんじゃないか。というか、自民党の議員はほとんど、これからの政治については、まったくの素人だってことなんだよね。
よく政治家総入れ替えなんてことをいうと、それに代わる人材がない・・などという反論が出る。しかし、これからの政治について全員シロートであれば、人材不足も何もない。ようするに意味のない言葉である。虚言を弄する人々は、とっとと退場していただきたい。
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98.7.21 シンクロニシティ再び
そーいえば、シトリンホームページの表紙が新しいイラストになってます。ぜひごらんください。

あと知ってる人は知ってるだろうが、シンクロニシティ・ウオッチングというページを見つけた。読者のシンクロニシティ体験を募集し、掲載してくれるありがたいページだ。私のシンクロニシティについての考えはこちらの「ひるます」にこってりと書いてある。あまりにこってり書きすぎて、誰も読んでくれないんじゃないかと思うが、よーするに、偶然の一致ってのは当たり前に起こる現象であって、それ自体を神秘化する必要はないが、気づかない人はまったく気づかないわけで、気づかない人にとってはそもそも存在しない「現象」だ、ということだ。つまり量子力学じゃないが、人間が観察したかどうかで存在したりしなかったりする現象だというわけだ。そーいういみで、私にとって、シンクロニシティは当たり前に存在するが、いくら「気づく」人でも、カンがニブいときには、それに気づかない。つまり「存在しない」。逆に言うとシンクロニシティが起きるかどーかということは、自分がスルドク生きているか、ニブくのっぺりと生きてるかのバロメーターになるわけで、スルドク生きたい私としては、これにつねに注目していきたい、ということである。
皆様も、ぜひ投稿していただきたい。
ちなみに、更新がぱったりとまってしまった「オンラインひるます」の最新?号でとりあげた鶴見和子さんの「日本を開く」という講演集も、シンクロニシティについてこってりと書いている。河合隼雄や中沢新一より明快で、わかりやすいのでオススメなのだ。
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98.7.14 さらばハシリュウ
橋龍辞任を記念して、私がこれまで書いてきた橋龍関連の文書をリストアップしておこう。もう橋龍について書くこともないだろーからね(がはは)。

「責任」って何だ月刊ひるますVol.11
このとき橋本が何かにつけ、「行政の責任者が〜すべきでない」と発言するのに対して、責任者と天皇陛下を勘違いしてんじゃないか?と書いたが、最後の最後まで、橋本は記者会見で「〜もうしあげるべきではない」だったね。「リーダー」というものの捉え方がまったく違う、ということが、そもそもの悲劇だったのだろうか(航海日誌にも関連記事アリ)。

冗談としてのリアリティ月刊ひるますVol.14
ほとんど「村山」についてだが、そもそもはまったく違うメンタリティをもった人間だったはずの橋龍が、村山から政権を「禅譲」されたことにより、なぜかマインドまでひきついで、まるで村山の生き霊にでもとりつかれたかのごとくになったことを指摘した。

橋龍自民党、もはや政治ではない航海日誌1996
おどろくべきことだが、橋本政権は先の総選挙後、当時の「新進党」が選挙で勝った県には予算配分を減らすということを公言していた。このことは絶対に忘れてはならないことだと思う。新進党のカタをもつわけではなく、政党がこのようなことを言ってはばからない、ということは、彼らがタダの「やくざ」に過ぎない、という証拠だからだ。ちなみにいま現在、橋龍の後継問題でなにかとマスメディアに引っ張りだこになっている「白川」という男が、この当時、自治大臣という立場にありながら、平然とこの予算配分についていきまいていた人物である(その後日談はここ)。

ハシモトを見よ航海日誌1998
一番、最近のハシモト記事。キロロの替え歌付きだった・・(たった10日ほど前なのにすでになつかしい)。ちなみにこの項で「(W杯の)サポーターは税金を払っていない」という問題発言をした「森」という男は、今回自民党執行部の責任をとって退陣するらしい。一部では次の首相候補にとまで言われていたらしいが、それも「私は(参院選敗北の)戦犯だから・・」ということで辞退したという(読売98.7.14)。ま、当然のことである。

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98.7.13 お笑い参院選
いゃー、あまりにも面白い結果になり、選挙へ行った皆様は、ほんとーにごくろーさまでした。
「選挙行ってもかわらない・・」というつぶやきがほとんどマインドコントロールみたいな呪文でしかないってことは、細川政権誕生のときにみんな気づいていたはずだと思ったが、今回、ようやくそれが普通のこととして定着しつつあるようで、非常によいことだろう。
今回は「選挙行こう」という呼びかけはほとんど「非自民にいれよう」という意味合いになってしまったが、今後はもっとレベルの高い選択肢を提出していただきたいものだ。そのためにはもう一段階、自民がちっちゃくならないと、と思うが。
あと社民党はあれだね、この際「村山さん」を除名するなりして、これまでやってきたことが間違いだったってことを、はっきり表明すべきだろうね。
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98.7.5 ハシモトを見よ
選挙なので時事ネタでいこう!
キロロの新曲?だが、どーしても
 ほ〜ら〜、ハシモトをみ〜てごらん
と聞こえてしょうがない。つづけて
 それがあなたの歩む道
とくるので、イヤじゃ〜!ということになる。
ついでに自民党の森総務会長だが、読売新聞(98.7.5)によると、課税最低限引き下げについての発言で「フランスに行ったサポーター達は税金を取られていない」などとふざけたことを言っている。読売ではこの発言を「フランスに行った(若い)サポーター達(のかなりの割合)は税金を取られていない」と表記しているのだが、この()って、なんなのか?。ごく普通に考えれば、()なしの発言をしたのを、新聞記者が気を使って?、()を付け加えたのだろう。とすれば実際はこれ、すごい問題発言なのだ。そもそもフランス行った奴らが税金払ってるかどーか、なんであんたが知ってんの? 大きなお世話ではないか。
仮に払ってないとしても、フランス行けるくらいなら税金払え、という考え方がそもそも恥ずかしいぐらい貧しい。そーゆうレベルでものを考えてるわけだ。昔から金もないのにインド行ったりってのは、貧しい若者の特権だったわけで、そっからとる微々たる税金で何しようってのかね。そんなことを言う前に、税金の使い道をよーく考えろということだ。まずもってアンタらが特定の既得権益集団のために使ってる無駄な税金をナントカすべきなのだ。
W杯で燃えた皆様も、こーゆうバカ発言している連中を許さないためにも、ぜひ選挙へいっていただきたいものである。
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98.7.1 セガって・・
昨日の深夜にTVで(毎回深夜TVの話だ・・)セガの自己パロディCMを見たのだが、これってだいぶ前にも見たような気がするのだが、私の記憶違いだろうか。
内容は、セガの社長がある日、子どもたちが「セガってダセぇよな」「やっぱプレステだよな」と話しているのを聴いてしまう。それが頭にこびりついてぼーっとしてしまった社長は、街でチンピラにからまれて、ぼこぼこにされて帰宅する、というもの。
これはホームレス編やせがた三四郎シリーズに比べるべくもなく、出来がいいCMだが、問題なのは、やっばりあまりにも「そのまま」だということだろぅ。パロディとしてひねって、実はそんなセガがカッコイイのだというところへは、決していかない。本当にダセぇよな、という同意で終わってしまうのだ。それはCMのできとは無縁の、会社の現実であるのだから、しょうがないと言えばしょうがない。せっかくいいソフトが出てきたところで新機種を発表してしまう間の悪さ(についてはここ)、そしてその新機種のロゴマークのかっこわるさ(まるで「鳴門巻き」である)、なにをとってもスマートさがないのだ。
しかし、会社がそんなだからしょーがないのであるが、そーであればなおさら、そんなところへこーゆうCMをつくるということが、そもそもピントがズレてるわけで、マーケティング意図も含めてみれば、やっぱこのCMは大失敗作ということになるんじゃないだろーか。
というわけで、あまりに「そのまんま」で何も語らないCM(というかあらゆる「表現」)は、薄ら寒い、というお話でした。(いちばんいい例は「A君」の「××13×」だよなー)
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